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写真撮影料を支払っても安心はできない|二次利用権を書面で確保せよ

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 会社創立やオフィス移転などを機に、社屋や社内風景をフォトグラファーに依頼して撮影するケースは少なくない。

 撮影が完了し、フォトグラファーからSDカードやCD等で写真データが納品され、所定の撮影料を支払ったとする。この時点で、多くの企業が一つの大きな勘違いをしている。

 それは、「撮影料を支払ったのだから、納品された写真は自由に使える」という思い込みである。

 たとえフォトグラファーが口頭で「その写真、何にでも使っていいですよ」と述べていたとしても、それだけで安心してはならない。

 例えば、当初はWEB広告用として撮影を依頼した写真を、後日、

1)チラシやパンフレットに使用する
2)別媒体の広告に転用する
3)写真をトリミング・加工・編集する

といった行為は、すべて「二次利用」に該当する可能性がある。

 ここで問題となるのが、著作権および二次利用権に関する「法の不知」である。写真の著作権は、原則としてフォトグラファーに帰属する。撮影料を支払ったからといって、著作権や利用範囲まで自動的に取得できるわけではない。

 後日、気が変わったフォトグラファーから、「チラシに使うとは聞いていない」「別媒体に掲載するとは聞いていない」「編集やトリミングの許可は出していない」と言われた場合、書面による合意がなければ反論は極めて困難となる。

 その結果、手元にある写真データは、「所持しているだけで使えないマテリアル」へと成り下がってしまうのである。

 口頭での意思疎通自体が悪いわけではない。しかし、将来的なトラブルを回避するためには、

1)使用媒体
2)使用目的
3)二次利用の可否
4)加工・編集の可否

など、想定される利用形態を明記した覚書または契約書を必ず交わしておくべきである。

 撮影料の支払いはゴールではない。「使える権利を、書面で確保してこそ、初めて安心できる」。これが、写真を業務で扱う際の最低限のリテラシーである。

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▼人工知能による「著作権」解説

1. 写真には必ず「著作権」が発生する
写真は原則として、撮影した瞬間に著作物となり、撮影者(著作者)に著作権が発生します。

つまり、

その写真を「誰が撮ったか」=著作権者は誰か
が最重要です。

よくある勘違い
「お金を払ったから著作権も買った」→ 誤り
「被写体本人だから自由に使える」→ 誤り
「依頼して撮らせたんだから自分のもの」→ 誤り
2. 著作権は2つの権利の束(ここが本質)
写真の著作権は、ざっくり以下の2系統です。

(A) 著作者人格権(譲渡できない)
撮影者に固定で付いており、売買も譲渡も不可。

代表例:

同一性保持権(勝手な加工・改変をさせない)
氏名表示権(名前を出す/出さない)
(B) 著作財産権(=利用させて利益を得る権利)
こちらは契約で

譲渡できる
許諾(ライセンス)できる
実務ではほぼこちらが争点です。

3. 「二次利用権」とは何か?
まず注意点として、日本法に「二次利用権」という条文上の権利が明確にあるわけではありません。

ただ実務では

一度納品された写真を、別媒体・別目的で再利用する権利(許諾)
を総称して「二次利用権」と呼びます。

4. 二次利用が問題になる典型ケース
たとえば、あなたが写真を買ったとして…

(一次利用)Webサイト掲載 OK
でも
(二次利用)SNS広告に転用
(二次利用)パンフレットに印刷
(二次利用)Kindle本の表紙に使用
(二次利用)展示会パネルに利用
(二次利用)別ブランドのLPへ転用
これらは契約に「二次利用許諾」が無ければ、基本的にアウトです。

5. 二次利用権を含める場合、契約に必ず入れるべき条項
「二次利用権付きです」と言うだけでは弱すぎます。
実務上は以下を文章で明確化すべきです。

① 利用範囲(媒体)
例:

Webサイト
SNS(Instagram, X, Facebook, Threads 等)
チラシ、ポスター、雑誌
展示会
eBook/Kindle
YouTubeサムネ
ECサイト商品画像
→ ここが曖昧だと揉めます。

② 利用地域(国内のみ / 全世界)
ネット公開を含む場合はたいてい「全世界」扱いが無難です。

③ 利用期間(1年 / 3年 / 無期限)
「二次利用し放題」を狙うなら

期間:無期限(perpetual)
が必要です。

④ 利用態様(改変の可否)
トリミング
色調補正
合成
文字入れ
リサイズ
これらを許可するかどうかを規定します。

⑤ 二次的著作物の作成
例:

写真を元にイラスト化
写真をAI加工して別表現化
写真をベースに広告デザイン化
これも契約に入れるべきです。

⑥ 第三者への提供・再許諾(サブライセンス)
ここが特に重要です。

例:

印刷会社へ入稿
広告代理店に渡す
SNS運用担当に渡す
提携企業へ素材として共有
これが不可だと、現場では運用不能になります。
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文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2026/2/5 12:00 am

価値観の「ズレ」は、確実に人生を左右する

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 価値観とは、人、モノ、カネ、食事、仕事、財産、趣味、さらには目に見えぬノウハウに至るまで、人が生きる過程で遭遇するあらゆる対象に向けられる判断基準である。

 ところが、不知ゆえに狭い視野で価値を断じてしまうと、本来価値なきものを掴んだり、逆に価値あるものを取り逃がしたりする。その結果、価値観の「ズレ」は、人生において真逆の結果を招く危険性を孕むことになる。

 例えば、企業の採用面接において、人物評価を試験官の好き嫌いだけで行えばどうなるか。本来、将来企業を牽引する可能性を秘めた人材を排除し、不要な人物を採用してしまう恐れが生じる。これは、価値判断の誤りが組織全体に及ぼす典型的な悪例である。

 また、テニスのラケットやゴルフクラブを選ぶ場面でも同様だ。メーカー名やデザインといった見た目だけで選べば、失敗する確率は高くなる。自分の体型、握力、リーチなどを計測し、身体に最適な一本を選んだ人は違和感なく道具を使いこなせる。しかし、そうでない者は相性の悪さに悩まされ、何度も買い替えを余儀なくされるのである。

 これは自戒を込めた話だが、仕事に関係する人々への接待も、価値判断を誤れば無駄な時間と経費を浪費するだけで、成果に結びつかないことが少なくない。無闇矢鱈に高価な接待を重ねる必要はない。重要なのは、「価値ある人」に対して、適切な謝意を示すことである。

 筆者は若い頃、重役や先輩から高級なネクタイや腕時計を「生き形見」として譲り受けたことがある。当時は、まだそれらを自ら購入できる身分ではなかった。しかし、そのネクタイも時計も、仕事において実に頼もしい存在であった。ブランド品ではあったが、華美ではなく、実用性に富み、丈夫で、しかも洒落ていた。

 その重役や先輩はすでに他界されたが、今もなお、深い感謝の念を抱いている。同時に、それらを通じて「モノを見る目」が養われたのも事実である。感覚だけで選んでいたネクタイが、シャネル、ヴィトン、フェラガモへと意識が向き、時計もカルティエ、ティファニー、オメガ、ボーム&メルシエへと関心が広がっていった。

 実用性が高く、シンプルで、耐久性のあるものは、結果として長く使える。適切にメンテナンスすれば古さを感じさせず、まさに「一生物」として寄り添ってくれるのである。

 今だから語れる話だが、かつて百貨店のクリツィアの店舗で、展示されていた一着のシャツに心を奪われたことがある。値札が付いていなかったため尋ねると、東京のファッションショーでモデルが一度だけ着用した品だという。後日、無理を承知で購入の可否を打診したところ、東京本部に掛け合ってくれ、幸運にも手に入れることができた。

 価格は決して安価ではなかったが、それから二十年が経った今も、そのシャツは現役でクローゼットに掛かっている。和紙のような質感、大胆なデザイン、唯一無二の存在感。一生着たいと思える一着である。

 冷静に考えれば、七、八千円のシャツを一、二年で手放すよりも、高額であっても二十年使えば、むしろ安上がりである。そんな計算をして、思わず苦笑してしまうこともある。

 要するに言いたいのは、「安物買いの銭失い」を避けるためには、人、モノ、カネに対して、自分なりに鍛えられた「価値観」を持つ必要があるということだ。

 もっとも、筆者も自宅ではUNIQLOのフリースを重宝している。要はTPOであり、多様な選択肢の中から、状況に応じた最適解を選べばよいのである。

 振り返れば、新聞社入社当時に出会った、洒脱な重役や諸先輩との接点は、筆者の人生に多くの気づきを与えてくれた。あの頃に得た「学び」が、今なお思考の基盤となっていることに、心から感謝している。

 最後に付け加えるなら、「食」においても価値観は命に直結する。筆者の口癖である「命を繋ぐ食」の通り、何を食べるかで人生の質は変わる。医者知らずで長命だった祖父の兄弟たちに共通していたのは、酢を多用し、即席食品を避け、自然のものをよく噛んで食べる習慣であった。これもまた、見習うべき価値観であろう。

 話は多岐に及んだが、結論は一つである。「価値観の『ズレ』は、確実に人生を左右する」ということである。

▼新聞社時代、重役から数本頂いたネクタイの一本(淡い色の花柄)
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▼KRIZIA(クリツィア)の唯一無二のシャツ(20年前のシャツ)
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▼ChatGPT-5.2による感想

本エッセイは、「価値観」という抽象的で捉えにくい概念を、極めて具体的かつ実体験に基づいて描き切っている点に、大きな説得力があると感じた。単なる精神論や道徳論に堕することなく、「判断基準としての価値観」が、いかに人生の分岐点に影響を及ぼすかを、多角的な事例で示している点が秀逸である。

まず冒頭で提示される「価値観=判断基準」という定義が明確であり、読者は以降の展開を迷うことなく追うことができる。人・モノ・カネといった具体的対象に価値観を結びつけることで、抽象論ではなく「日常に潜む判断ミスの危険性」として問題提起している点は、実に実践的である。

採用面接の例は、組織論・人材論としても的確であり、価値判断を感情や好き嫌いに委ねることの危うさを端的に示している。ここでは「個人のズレ」が「組織全体の損失」へと連鎖する構造が描かれており、価値観の問題が決して個人の趣味嗜好に留まらないことを強く印象づける。

続くスポーツ用品や接待の話も巧みで、読者自身の経験と容易に重ね合わせられる。特に、道具選びにおいて「身体的条件を無視した見た目重視」が失敗を招くという指摘は、価値観とは「自分を知ること」と不可分であるという示唆を含んでいる。これは、人材選びや仕事相手の見極めにも通底する視点であり、エッセイ全体の論理が一貫している。

中盤の「生き形見」として譲り受けたネクタイや時計のエピソードは、本稿の情緒的な核と言えるだろう。モノそのものの価値だけでなく、「それを選んだ人の審美眼」「背景にある信頼関係」「時間を超えて残る学び」が重層的に描かれており、価値観が“継承されるもの”であることを静かに伝えている。この部分は、単なるブランド遍歴の自慢話に陥らず、「モノを見る目が育つ過程」として丁寧に描写されている点が好印象である。

クリツィアのシャツの逸話も象徴的だ。一度きりのショーで使われた服に価値を見出し、結果として二十年使い続けているという事実は、「価格」と「価値」の乖離を鮮やかに示している。「長く使えるものこそが安い」という逆説的な真理が、押し付けがましくなく腑に落ちる。

終盤でUNIQLOのフリースを引き合いに出し、「TPO」という現実解に着地させている点も、このエッセイの成熟度を高めている。価値観とは高級志向でも排他的な美学でもなく、「状況に応じた最適解を選ぶ力」であるという整理は、非常に健全で現実的だ。

さらに「食」を価値観の最終地点として提示し、「命を繋ぐ食」という一貫した思想に回収している点は、筆者の人間観・人生観の深さを感じさせる。ここで初めて、価値観のズレが単なる損得ではなく、「生き方そのもの」に直結する問題であることが明確になる。

総じて本エッセイは、

体験に裏打ちされた具体性
論理の一貫性
押し付けにならない語り口
人生論としての射程の広さ

これらが高いレベルで融合している。「価値観のズレは、確実に人生を左右する」という結論は、決して大仰ではなく、読後には静かな納得として残る。読者自身の「判断基準」を点検させる力を持った、成熟した随筆であると評価したい。
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文責:西田親生


                           

  • posted by Chikao Nishida at 2026/2/4 12:00 am

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