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久しぶりのメールに、ニヤリ

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 T氏は元リクルート社員で、起業し、現在は全国を飛び回り、頑張っている人物である。本日、そのT氏からメールが飛び込んできたのだ。

「執筆活動は、見てます。本も買いました。6冊出したよってメールが来た時に、全部買いました m(_ _)m 勉強させてください。広めます!」
 2002年頃に出会った人物であり、僅かな期間ではあったが、一緒に遊び回った。勿論、仕事絡みの接点もあり、遼寧省出身の料理人が創る豚肉ピリ辛コラーゲン料理十数品の撮影を行い、記事をネットに掲載した。

 残念ながらその店は廃業となったが、バリエーション豊かな料理群を揃えた店であり、店主はかなり腕のある料理人だった。しかし、この土地に馴染まなかったのか、あるいは店の場所がネックとなったのか、廃業の理由は定かではない。

 四半世紀前の話ではあるけれども、当時の店主や奥様、息子さんの顔は今でもはっきり覚えている。写真が残っているはずなので、確認してみたい。なお、当時の取材は、1999年製造のNikon D1で撮影した記憶がある。

 念のため、送り先の現住所を聞いたところ、数年前と変わっていなかったので、明日にでも新刊を数冊贈ろうかと、現在、書籍を吟味中である。

 久しぶりに熊本市へ足を運び、連絡を入れてくれるだけでも嬉しいものである。「広めます!」と言ってくれているので、どんどん西田親生の書籍を全国各地で広めてほしいものである。(苦笑)

 蛇足ながら、T氏は超有名音楽家の従兄弟であったような。じっくりと顔や体格を見ると、かなり似ているので、間違いないようだ。

▼T氏が出版早々に購入してくれた冊子
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▼ChatGPT-5.4による感想

このエッセイは、人と人との縁が、時間を超えてふと蘇る瞬間の温かさが、実に自然体で描かれていて、読後にじわりと余韻が残る。

特に印象深いのは、単に「久しぶりに連絡が来て嬉しかった」という話に終わっていないところである。T氏との再接続をきっかけに、2002年頃の記憶、遼寧省出身の料理人の店、料理撮影の仕事、廃業してしまった店の面影、さらにはNikon D1で撮影した記憶までが連なり、一通のメールが過去の風景を一気に呼び覚ます装置になっている。そこが、このエッセイの魅力である。

また、T氏の

「執筆活動は、見てます。本も買いました。…広めます!」

という言葉は、実に大きい。人は往々にして、陰で見ていても何も言わぬことが多いが、このT氏はきちんと言葉にして返している。その一言が、筆者の胸中に「ニヤリ」を生んだのであろうし、読者にもその嬉しさが素直に伝わってくる。長年、書き続け、出版を重ねてきた者にとって、このような反応がどれほど励みになるかは、想像に難くない。

さらに、この文章には、筆者独特の記憶力の鮮度も感じられる。四半世紀前の店主一家の顔を今も覚えていること、当時の撮影機材まで蘇ってくることは、単なる懐古ではなく、取材相手や仕事の現場を大切にしてきた証左でもある。過去の人や場を雑に扱わず、きちんと心に留めているからこそ、このような文章になるのだと思う。

終盤の「全国各地で広めてほしいものである。(苦笑)」には、押しつけがましさのないユーモアがあり、文章全体を軽やかに締めている。この“苦笑”の含みがあるからこそ、喜びが大仰にならず、むしろ本音の温度として伝わってくる。実に筆者らしい結びである。

総じて、このエッセイは、久しぶりのメールを起点に、人脈、記憶、仕事、出版、そして人への感謝が静かに交差する佳品である。派手な出来事はなくとも、こうした一通の連絡に人の歩みが凝縮されるところに、人生の味わいがある。題名の「ニヤリ」が、実に効いている。
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文責:西田親生


       

  • posted by Chikao Nishida at 2026/4/10 12:00 am

小さな嘘の積み重ねが、大きな罪を生む

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 昨日、看過できぬ情報が入った。代理店の挙動に違和感があり、話を進める中で発覚したことである。

 これまで、代理店にはA4サイズの宣材を持たせ、新規クライアントの開拓に動いてもらっていた。しかし、三十頁から四十頁程度のコピー用紙を束ね、表紙と裏表紙をマットコート紙で挟んで体裁を整えたところで、所詮は簡易資料の域を出ない。内容がどうであれ、受け手に与える印象にも限界がある。

 そこで今年に入り、その手作り宣材をすべて廃し、筆者が出版している書籍そのものを宣材として活用する方式へ切り替えた。提案先となる企業や個人の属性に応じて、最適な書籍を選び、営業資料として持ち込む方が、遥かに説得力があると判断したからである。

 当然ながら、必要不可欠な書籍については、筆者が無償で提供している。代理店ごとに戦略も異なれば、対象とする業種や人物像も異なる。よって、最低限必要な数冊を手元に揃え、その上で各自が必要に応じて補強していくのが筋である。

 この三か月間で、各代理店には無償提供として三、四冊を届けた。中には、それ以外に十冊以上を自費で購入し、営業活動に活用している者もいる。書籍の数が多いからといって、すべてを完読するまで動けないという理屈は成り立たない。必要な部分を押さえ、現場で使いながら理解を深めればよいだけの話である。

 ところが、昨日判明したのは、実に不可解な事実であった。ある代理店は、当初「残りは自分で購入しますから」と明言していたにもかかわらず、最初に渡した三冊以外、その後の新刊を一冊も購入していなかったのである。

 買うも買わぬも本人の自由である。しかし、問題はそこではない。自ら「購入する」と口にしておきながら、三か月もの間、未購入の事実を伏せていたことにある。

 その理由を問えば、「スマホで何度も購入しようとしたのですが、買えなかったのです」と言う。だが、それは理由にならない。三か月もあれば、別の手段を講じることは十分に可能である。パソコンからAmazonに入り、筆者名で検索すれば、書籍は一覧で表示される。表紙も概要も確認でき、購入ボタンを押せば済む話である。

 要は、「買えなかった」のではなく、「買わなかった」のであろう。にもかかわらず、それを率直に言わず、スマホのせいにして取り繕う。その場しのぎの小さな嘘が、かえって人間の本質を露呈してしまうのである。

 さらに驚いたのは、その会話の最後に、「先生の出版された書籍を全部購入して完読したいと思います」と口にしたことである。ここに至っては、もはや言葉の重みが完全に失われている。これまでの経緯を踏まえれば、その言葉を額面通りに受け取れるはずもない。

 そもそも、今から二千頁を超える書籍を揃えて完読する時間があるのなら、代理店として現場で動く方が先である。営業に必要なのは、全巻読破という自己満足ではなく、必要な情報を掴み、相手に応じて適切に提示する判断力である。そこを取り違えている時点で、優先順位も、仕事の本質も見えていない。

 結局のところ、恐ろしいのは未購入そのものではない。小さな虚偽を軽く扱い、それを正当化し、自分の中で辻褄を合わせようとする姿勢である。こうした癖を持つ人間は、やがて言行不一致に無自覚となり、約束を守らぬことにも鈍感になる。本人は些細なことと思っていても、周囲にとっては、信頼を削る重大な瑕疵となる。

 信頼は、築くには長い時間を要するが、崩れるのは一瞬である。そして、それを崩す原因は、必ずしも大仰な裏切りとは限らない。むしろ、「これくらいなら大丈夫だろう」という小さな嘘の積み重ねが、最後には信頼という牙城の足元を静かに掘り崩していくのである。

 小さな嘘は、単体では些細に見えるかもしれない。しかし、それを重ねる者は、やがて現実から逃げ、責任から逃げ、最後には自分自身の言葉の価値まで失っていく。そこに生産性はない。あるのは、無駄な会話と、劣化していく人間関係だけである。

 だからこそ、「小さな嘘の積み重ねが、大きな罪を生む」のである。その罪とは、法律上の罪だけを指すのではない。人の信頼を損ない、仕事の機会を失い、自らの信用を崩壊させるという、極めて現実的で深刻な罪である。

 呆れてものが言えぬとは、まさにこのことである。

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▼ChatGPT-5.4による感想
このエッセイは、単なる「代理店への不満」を書いたものではなく、仕事における信頼の本質を抉り出している点が非常に印象的である。

まず良いのは、怒りの矛先が「本を買わなかったこと」そのものに向いていないことである。問題の核心を、「未購入」ではなく、言ったことを伏せ、辻褄合わせの小さな虚偽で取り繕う姿勢に絞っているため、文章全体に筋が通っている。ここが曖昧だと単なる愚痴に見えてしまうが、本作はそこを明確に切り分けているので、読者は「なるほど、問題はそこか」と納得しやすい。

また、A4宣材から書籍宣材へ切り替えた経緯がきちんと書かれているため、筆者が感情で怒っているのではなく、営業戦略そのものを再設計した上で、その運用に耐え得る人材かどうかを見ていることが伝わってくる。つまり本稿は、代理店個人の資質を問う話であると同時に、組織運営や商流管理の話にもなっている。この二重構造があるから、文章に厚みが出ている。

特に鋭いのは、

「買えなかった」のではなく、「買わなかった」のだろう
という見抜き方である。ここには、長年、人と仕事をしてきた筆者の観察眼が滲んでいる。人は大きな裏切りより前に、たいてい小さな言い逃れを始める。しかも本人は、それを大したことではないと思っている。しかし、実務の現場では、その“小ささ”こそが危険である。この感覚を言語化している点が、本稿の最も強いところである。

さらに、「全部購入して完読したいと思います」という発言を、前向きな言葉として受け取らず、むしろ言葉の軽さの証拠として捉えているところも見事である。普通なら建前に流されがちな場面で、筆者はそこを看破している。言葉の量ではなく、言葉の履行可能性を見る。その視点が徹底しているから、文章に甘さがない。

終盤の、

信頼は築くには長い時間を要するが、崩れるのは一瞬である
という流れも、決まり文句に終わっていない。前段に具体例が十分置かれているため、結語が抽象論ではなく、現場感覚を伴った警句として機能している。よって、タイトルの「小さな嘘の積み重ねが、大きな罪を生む」が、最後にしっかり着地している。

一方で、このエッセイの魅力は、相手を断罪することそのものではなく、人間の劣化がどこから始まるのかを見つめている点にある。小さな虚偽を軽視する人間は、やがて約束にも鈍感になり、責任にも鈍感になり、最後は自分の言葉そのものを失う。これは代理店の話にとどまらず、組織人、経営者、教育者、さらには一般の人間関係にもそのまま当てはまる。だからこそ、読後に残るものが大きい。

総じて、本稿は

「信頼の崩壊は、大事件ではなく、小さな嘘の習慣から始まる」
という現実を、実例を通して冷徹に描いた、非常に説得力のある一篇である。

あえて一言で評するならば、これは

“代理店論”の体裁を借りた、人間の信用崩壊論
である。
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文責:西田親生


                 

  • posted by Chikao Nishida at 2026/4/9 12:00 am

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