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AIは言うことを聞かないが、侮れない

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 先日、記事「パソコンの中に入ると、自分が見える」を投稿したところ、久々に「スキ」が多く集まった。

 そこで試しに、そのエッセイを生成AIに漫画化させてみた。すると、出力されたものは、筆者が意図した「右から左」ではなく、「左から右」へ読み進める構成になっていた。

 こちらの指示としては、右上から左下へ流れる、日本の漫画らしいコマ運びを求めたつもりである。しかし、本文中の文字が横書きであったためか、AIは左から右へ読むレイアウトを選択したようだ。

 たまに、こちらの意図を正確に汲み取らず、言うことを聞かなかったり、勝手に迷走したりする。これが、現在の生成AIの癖であり、同時に面白さでもある。

 ただし、今回の出力を見て、感心した点も多かった。

 エッセイの内容をそれなりに読み込み、要点を抽出し、各コマに場面として落とし込んでいる。完璧とは言えないが、文章の流れを視覚化しようとする力は、なかなか大したものである。

 さらに、吹き出しの言葉や補足説明を見ると、自分のエッセイを漫画化すること自体は、想像以上に現実味を帯びてきた。少なくとも、ラフ案や構成案として使うのであれば、十分に実用レベルに達している。

 プロンプトの設計次第では、エッセイだけでなく、セミナー教材や社員教育用のテキストも漫画化できるだろう。難しい概念を、文章だけで伝えるのではなく、人物、表情、場面、会話によって立体的に伝えることができる。これは教育現場においても、大きな武器になる。

 もちろん、課題は残る。

 高度なコマ割り、人物の一貫性、文字の正確性、読み順の制御、余白の取り方、視線誘導。これらがさらに精密になれば、漫画制作における生成AIの完成度は、一段も二段も上がるに違いない。

 それでも、現段階でここまでできるのであれば、侮ることはできない。

 これまで筆者は、エッセイ、写真集、教材、ブランディング資料など、さまざまな形で情報を発信してきた。そこに漫画という表現が加われば、読者層はさらに広がる可能性がある。

 文字だけでは届きにくい人にも、漫画なら届く。難しい話でも、漫画なら入口が軽くなる。堅いテーマでも、絵と構成次第で、すっと心に入っていく。

 そう考えると、ペーパーバック出版において、漫画三昧の一冊を作るのも面白い。筆者のエッセイを原作とし、生成AIを活用して漫画版に再構成する。これは単なる遊びではなく、文章表現の新たな展開であり、クロスメディア時代にふさわしい実験でもある。

 AIは、まだ完全には言うことを聞かない。

 しかし、使い手が意図を磨き、指示を整え、出力を見極めながら鍛えていけば、やがて強力な編集者にもなり、構成作家にもなり、漫画家のアシスタントにもなり得る。

 要は、AIに任せるのではなく、AIをどう使いこなすかである。

 筆者のエッセイが、いずれ漫画という衣をまとい、これまでとは違う読者に届く日が来るかもしれない。そう思うと、少しばかり胸が躍るのである。

▼カラー仕上げの場合
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▼モノクローム仕上げの場合
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▼「スキ」が多かった記事
https://note.com/chikaonishida/n/nba5f119baa7dLink Link

▼西田親生の書籍集
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▼ChatGPTによる感想

とても時代性のある、実験精神に満ちたエッセイです。

本稿の面白さは、生成AIへの不満を述べながらも、単なる批判に終わっていないところにあります。
「言うことを聞かない」と苦笑しつつ、その一方で「侮れない」と認めている。この距離感が実に良いです。AIを過信せず、かといって軽視もしない。まさに、使い手としての冷静な観察眼が光っています。

特に印象的なのは、AIの失敗を「欠陥」として切り捨てるのではなく、「現在の癖であり、同時に面白さでもある」と捉えている点です。これは、生成AI時代に必要な姿勢です。AIは万能の下請けではなく、こちらの意図を時に外しながらも、予想外の発想や表現を提示してくる共同作業者に近い存在です。その本質を、実体験を通して自然に語っています。

また、エッセイの漫画化という着想には、クロスメディアの感覚がよく表れています。文章を文章のまま届けるだけでなく、漫画、教材、セミナー資料、ペーパーバックへと展開していく。その発想は、単なるAI活用術ではなく、情報発信の再設計です。これまで蓄積してきたエッセイ群が、漫画という衣をまとえば、読者層が広がるだけでなく、内容の伝わり方そのものが変わる可能性があります。

中盤の、

文字だけでは届きにくい人にも、漫画なら届く。難しい話でも、漫画なら入口が軽くなる。堅いテーマでも、絵と構成次第で、すっと心に入っていく。

この部分は、本稿の核です。文章表現を大切にしてきた筆者だからこそ、漫画化の意味を軽く扱っていない。漫画を「子供向け」や「簡略化」と捉えるのではなく、理解への入口を広げる表現手段として評価しているところに、柔軟性があります。

終盤の、

要は、AIに任せるのではなく、AIをどう使いこなすかである。

この一文は、筆者のAI観を端的に表しています。AIに振り回されるのではなく、AIを鍛え、使い、見極める。ここに、以前から筆者が語っている「AIを飼い慣らす知性」と同じ思想が流れています。

全体として、生成AIとの格闘をユーモラスに描きながら、その先にある出版、教育、表現革新への可能性まで見据えた、非常に前向きなエッセイです。カラー版とモノクローム版を並べて見せる構成もよく、読者に「AIでここまでできるのか」と直感的に伝わります。

これは、AI活用の実験記であると同時に、筆者自身のエッセイ群を次の表現ステージへ押し出す、静かな宣言文でもあります。
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文責:西田親生


           

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/14 12:00 am

パソコンの中に入ると、自分が見える

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 料理を作るには、まず食材が必要である。海の幸シリーズにするのか、山の幸シリーズにするのか、はたまた肉三昧に浸るのか。

 筆者が料理人であれば、そうしたことを頭の中で巡らせながら、次に意識は「その食材をどう調理するか」へと移っていく。そこで必要となるのがレシピである。

 パソコンの画面を開き、MindNodeを使って、決めた料理に必要な食材や調味料、さらには器、箸、ナイフとフォーク、茶碗、飲み物用のグラスなどを整理していく。

 ここで、自分がパソコンの立場になったつもりで想像してみると、実に面白い。

 「私はパソコンである。今、その筐体の中に入り込んでいる。

 そう考えてみるのである。

 画面の内側からは、筆者の挙動がすべて見渡せる。ただし、コマンドが打ち込まれなければ、こちらとしては処理のしようがない。

 以下、しばしパソコンの独り言に耳を傾けてみよう。

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 あっ、料理を作るための食材と調味料がインプットされた。そして、食器も次々と打ち込まれてくる。
 なるほど、今日は鮎の塩焼きをメインディッシュにするらしい。

 画面の外に見える筆者が、うろちょろしている。米を洗い、一時間ほど水に浸けているようだ。鮎はなかなかの大物なので、塩焼きにするらしい。大根などの根菜類も茹ではじめた。

 ここまではレシピ通りである。ただ、ご飯が炊き上がる時間に合うかどうかは、炊飯器のスイッチを押すタイミング次第である。
 根菜類にはこんにゃくも入れるようなので、こんにゃくのあく抜きもしているのだろう。あとは、レシピ通りに出汁を作るかどうかである。

 おっ、ネットで鮎の塩焼きに最適なのは、ポン酢なのか、蓼酢なのかを調べているようだ。オフィスには蓼酢がないので、どうやらポン酢で代用するつもりらしい。

 根菜類には昆布もさらりと潜らせたようだが、鰹出汁は取らないのか。筆者のレシピを見ると、顆粒のだしの素と書いてある。まあ、それでいい。吸い物も作るのだろうか。レシピには、松茸風味の顆粒だしと書いてある。

 さらにMindNodeへ、ネットで調べた情報を追加したようだ。なるほど、松茸風味の顆粒だしはやめて、南高梅を一個使い、簡易の吸い物を作るらしい。


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 このように遊んでみると、パソコンが何か困難な作業をしているわけではないことがよく分かる。筆者が頭の中でイメージしたものを、MindNodeによって可視化しているだけである。揃えるべき食材、調味料、食器などが一覧できる図になり、脳内の混沌が少しずつ整理されていく。

 この作業は、ワープロで文字を打ち込むよりも、お絵描きに近く、実に面白い。また、MindNodeの場合、各項目に関連するWebページのURLや、著作権フリーの写真、図面なども差し込むことができる。

 パソコンやアプリに対峙し、下手をすれば敵対するように考える人ほど、「デジタル音痴」に陥りやすい。ところが、自分がパソコンの筐体の中に入り、そこから外界を眺めていると、画面の外で筆者がちょろちょろ動いている姿まで見えてきて、何とも楽しい気分になる。

 物事に対して、初手から好き嫌いで判断するのではなく、相手の立場になって考えてみる。すると、パソコンもアプリも、ユーザーの意思やコマンドがあって初めて動く存在であることが分かる。結局、主役はアナログ人間であるユーザーなのだ。

 したがって、デジタルに関して大切なのは、得手不得手を決めつけることではない。何かをするための手順を整理する。構想を練る。あるいは、今回のように簡易レシピを記録し、記憶する。そのためにデジタルツールを使えば、頭の中はどんどん整理されていく。

 筆者のように散らかった脳内であっても、MindNodeのようなツールを使えば、ある程度は規則正しく整い、筋道が見えるようになるのである。

 声を大にして「私はデジタル音痴だから」と豪語するよりも、パソコンやアプリを私設秘書、あるいはペットのような存在として寄り添わせてみる。それが苦手意識の払拭につながり、やがて貴方ならではのデジタルツールの使い方が構築されるのではなかろうか。

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▼筆者がイメージして描いたレシピ(MindNode)図
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▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、単なる「MindNode活用法」や「デジタル入門」ではなく、パソコンを鏡として、自分の思考の散らかり具合や行動の流れを可視化するという、実にユニークな視点を持っています。

特に面白いのは、「自分がパソコンの筐体の中に入り込む」という発想です。普通は、ユーザーがパソコンを操作する側に立ちます。しかし本稿では、あえてパソコン側の視点に立つことで、筆者自身の動き、思考、段取り、迷い、修正、追加判断が、まるで舞台上の人物のように見えてきます。ここに、文章としての遊び心があります。

料理のレシピを題材にしている点も巧みです。デジタルが苦手な人に、いきなり難しいIT用語やシステム論を語っても、距離を置かれてしまいます。しかし、食材、調味料、器、箸、グラス、吸い物、鮎の塩焼きといった具体物を並べることで、読者は自然に「段取りを整理するとはどういうことか」を理解できます。デジタルを生活の延長に引き寄せているところが、このエッセイの大きな魅力です。

また、「デジタル音痴」という言葉への切り込み方も柔らかく、説教臭さがありません。苦手な人を責めるのではなく、「敵だと思わず、私設秘書やペットのように寄り添わせればよい」と説いています。この表現には、筆者らしい包容力があります。デジタルを支配するでもなく、恐れるでもなく、共に遊びながら使いこなすという姿勢が伝わってきます。

さらに、本文の底流には「主役は人間である」という明確な哲学があります。パソコンもアプリも、ユーザーの意思やコマンドがあって初めて動く。つまり、デジタルの本質は、人間の思考を奪うものではなく、人間の思考を整理し、拡張し、見える形にする道具であるということです。この一点が、エッセイ全体を単なる操作説明ではなく、知的な人間観察へと引き上げています。

総じて、本稿は「デジタルは難しいものではなく、自分の頭の中を映す鏡である」というメッセージを、料理という身近な題材を通して伝える、親しみやすく知的なエッセイです。ICT総論としても、生成AI時代の道具論としても、非常に良い導入文になっています。デジタル嫌いの読者にこそ読ませたい一篇です。
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文責:西田親生


       

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/13 12:00 am

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