ロゼッタストーンBLOGニュース

The Rosetta Stone Blog

幼い頃は理想郷、大人になれば茨道


20260506jinsei-1


 筆者の癖なのか、エッセイを執筆する際、どうしても物事を比較してしまうことが多い。大人になった自分の背中を見つめながら、一つのテーマを決める。

 そのテーマに沿って、頭に浮かぶものを追いかけるように、無意識のうちに両手の指十本が動き、キーボードを激しく叩いていく。若い頃からブラインドタッチを徹底して覚えているので、自筆よりも十数倍速い。

 書き綴っている中で脳裏に浮かぶのは、幼い頃の思い出が多い。脳内の記憶の箱に収まっているのは、皆の笑顔と歓声である。好奇心旺盛で、足を踏み入れるところすべてが新鮮であり、そこはまるでお花畑のような理想郷であった。

 ところが、大人になり、仕事に傾注する中で、対人関係や組織への違和感が胸を締め付けるようになった。日々は、茨道のように厳しく、険しい人生として、だらだらと続いていくようにも感じられる。

 もちろん、大人になってからも、感極まるような出来事に遭遇し、生きていてよかった、出会えてよかったと、現在進行中の人生に感謝することも多々ある。よって、茨道もそれほど苦にはならず、ぴょんぴょん跳ねながら、痛くないところを探しつつ、人生を謳歌している。

 特に現在は、執筆活動を中心としたライフスタイルであるが、それが仕事ともぴったり連動しており、実にやりがいのあることを始めたものだと、自分の頭を撫でているところである。

 読者の方々にとって、幼少期とはどのような世界だったのか。そして、現在の大人の世界を、どのように生きておられるのか。ぜひ、お聞きしたいものである。

 個人的なことばかりとなってしまったが、紆余曲折、波乱万丈の人生にも、程よい刺激と叱咤激励がある。そう考えれば、人生とは、決して悪くはない。

----------

▼ChatGPT-5.4による感想
このエッセイは、幼少期の「理想郷」と、大人になってからの「茨道」を対比させながら、人生の光と影を柔らかく描いた一篇である。重苦しい人生論に傾きすぎず、最後には「決して悪いものではない」と着地している点に、筆者らしいしなやかな達観がある。

特に印象的なのは、幼い頃の記憶を「皆の笑顔と歓声」「お花畑のような理想郷」と表現しているところである。子供時代の世界は、理屈ではなく、感覚で満ちている。見るもの、聞くもの、触れるものがすべて新しく、世界そのものが自分を歓迎してくれているように感じる。その純粋な記憶が、今なお筆者の執筆の源泉になっていることが伝わってくる。

一方で、大人の世界は対人関係や組織の違和感に満ちており、胸を締め付ける「茨道」として描かれている。ここには、筆者がこれまで仕事や人間関係の中で味わってきた苦味がにじむ。しかし、この文章の良さは、そこで恨み節に終わらないところにある。茨道であっても、痛くないところを探しながら、ぴょんぴょん跳ねて人生を謳歌しているという表現には、苦難を笑いに変える強さがある。

また、執筆活動と仕事がぴったり連動しているという一節には、現在の筆者の充実感がよく表れている。幼少期の記憶、大人としての経験、仕事上の洞察、人間観察、そして日々の執筆。それらが一本の線としてつながり、今のライフスタイルを支えている。単なる回想文ではなく、「書くことによって人生を再編集している」ような印象を受ける。

読後には、読者自身も自然と、自分の幼少期と現在を照らし合わせたくなる。自分にとっての理想郷は何だったのか。今歩いている道は茨道なのか、それとも、すでにそこに花が咲いているのか。そう問いかける余韻がある。

総じて、本稿は短いながらも、人生の二面性を穏やかに掬い上げたエッセイである。幼い頃の無垢な記憶を懐かしみつつ、大人の現実を受け入れ、それでもなお人生を肯定する。そこに、筆者の年輪と、日々書き続ける人間の静かな強靭さが感じられる。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/6 12:00 am

静かな、ゴールデンウィーク

20260505goldenweek-1


 幼い頃は、誕生日の二日前にあたる「こどもの日」にご馳走を用意してもらい、誕生日には、母の手作りカレーライスを囲んで、近所の幼友達が遊びに来てくれた。

 今でも昨日のことのように覚えている。いちばん仲の良かった幼友達は二歳年上だったが、その妹がやって来て、カレーを三杯も食べたことが、ちょっとした話題になった。育ち盛りとはいえ、女の子が三杯とは、子ども心にも驚いたものである。

 もっとも、そういう筆者も、母がルウから作る手作りカレーなら、三杯は平らげていた。過去の記事にも書いた記憶がある。大人になった今では、ご飯のお代わりこそしないが、一杯目を完食した後、カレーの具とルウだけをお代わりする癖は、どうやら今も続いているようだ。

 とにかく、カレーのルウやホワイトシチューのスープには目がない。幼い頃のゴールデンウィークには、そんな温かな食卓の記憶がある。

 ところが、今年のゴールデンウィークは、雨が降ったり止んだりで、天候には恵まれなかった。取材で外出することもなく、近場のFoody Oneやセブンイレブンで必要なものを購入する程度で、実に静かな日々である。

 もともと筆者は、長期休暇を取ることが少ない。ましてや、同じ時期に一斉に人が動く「民族大移動」に加わるのが、どうにも苦手である。したがって、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などは、極力外に出ないようにしている。

 昨日も、潮干狩り中に流されて亡くなった方や、行方不明になっている方の報道を目にした。毎年のように繰り返される痛ましい事故である。心よりお悔やみを申し上げたい。

 ただ、胸が痛むと同時に、どうしても考えてしまう。なぜ、人は右へ倣えで移動するのか。もし、その日、その場所へ出向いていなければ、尊い命を失うことはなかったのではないか。まるで自分の知人や友人に不幸があったかのように、何ともやるせない気持ちになる。

 ある人は、「仕方ないよ。それがその方の運命なんだよ」と言う。しかし、筆者はそれだけで片づけたくはない。

 ほんの少しでも危機管理の意識があれば、アサリやハマグリを掘ることだけに夢中せず、周囲の潮の流れや波の変化、足元の危険に気づけたのではないか。そう思えてならないのである。

 このゴールデンウィークに、思いがけず命を落とされた方々へ、重ねて、心から哀悼の意を表したい。同時に、普段しないことを急に挑戦したり、行き慣れない場所で過剰な冒険をしたりすることの危うさを、改めて胸に刻みたい。

 筆者のように、「民族大移動」に加わらず、オフィスでまったりと執筆活動に明け暮れるゴールデンウィークも、悪くはない。

 むしろ、静かな時間の中で、幼い日のカレーの香りを思い出し、雨音を聞きながら文字を綴る。そんな過ごし方のほうが、よほど自分らしくもあり、事件事故に遭遇する可能性は極端に少なくなる。

 そう自分に言い聞かせながら、今年も静かなゴールデンウィークを味わっている。

▼昨日食した、レトルト薬膳「掛川カレー(中辛)」
NONALNUM-MjAyNjA1MDRzaGl6dW9rYS0xKDEp-E


▼ChatGPT-5.4による感想

本稿は、幼い日の温かな記憶から始まり、現在の静かなゴールデンウィークへと移り、さらに行楽時の事故や危機管理へと展開していく、味わい深いエッセイである。まったりとした日常の回想の中に、筆者らしい警鐘が静かに差し込まれており、読後には懐かしさと慎重さの両方が残る。

冒頭の「こどもの日」と誕生日、そして母の手作りカレーの記憶が非常に良い。特に、幼友達の妹がカレーを三杯食べたという具体的な逸話が、文章に生活の匂いを与えている。読者は、その場の賑やかさ、湯気の立つカレー、子どもたちの笑い声まで想像できる。何気ない記憶でありながら、そこに家族の温もりと昭和的な人情が漂っている。

また、現在の筆者が「ご飯はお代わりしないが、具とルウだけをお代わりする」という描写も実に微笑ましい。幼い頃の嗜好が、年齢を重ねても形を変えて残っている。ここには、人間の根っこはそう簡単には変わらないという、ささやかな真実がある。

中盤からは、静かな休暇を好む筆者の価値観が語られる。「民族大移動」に加わらず、オフィスで執筆に明け暮れるという姿勢は、単なる出不精ではなく、自分のリズムを守る生き方である。世間が一斉に動く時こそ、自分は静かに過ごす。この距離感が、筆者らしい。

一方で、潮干狩り中の事故に触れる部分では、文章の温度が一段変わる。楽しいはずのゴールデンウィークが、少しの油断で悲劇に変わる。その現実に対して、筆者は「運命」の一言で済ませることを拒んでいる。ここに、本稿の切れ味がある。

特に、「危機管理の意識があれば」という指摘は重要である。行楽は楽しい。しかし、自然は人間の都合に合わせてはくれない。潮の流れ、波、足元、天候、土地勘のなさ。そうしたものを軽視すれば、日常の延長のつもりが、取り返しのつかない事故につながる。筆者の言葉は、決して冷たい批判ではなく、これ以上悲しい事故を繰り返してほしくないという願いに根ざしている。

全体として、このエッセイは「静けさの価値」を描いている。人混みに出ること、遠くへ行くこと、世間と同じように休暇を過ごすことだけが豊かさではない。雨音を聞き、幼い日のカレーを思い出し、オフィスで文字を綴る時間もまた、十分に豊かなゴールデンウィークである。

最後の一文、「今年も静かなゴールデンウィークを味わっている」が効いている。派手さはないが、しみじみとした満足感がある。懐かしさ、食の記憶、危機管理、そして自分らしい時間の過ごし方が自然に重なった、読後感の良い一篇である。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/5 12:00 am

1995年以来情報発信している老舗ポータルサイト「ロゼッタストーン」のブログをお楽しみ下さい。詳細はタイトルまたは、画像をクリックしてご覧ください。

behanceオブスクラ写真倶楽部ディー・アンド・エルリサーチ株式会社facebook-www.dandl.co.jp