ロゼッタストーンBLOGニュース

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ロゼッタストーンのオフィシャルBLOGです。ロゼッタストーンは1995年に熊本県第一号として生まれた異業種交流ポータルサイトで、現在は、フランスのパリ、カナダ、東京、静岡、京都、兵庫、沖縄など、国内外の特派員が日々アグレッシブに情報を発信しています。

その他、ロゼッタストーンはメディア融合を軸として、2005年にPODCAST、2007年に仮想現実3Dワールド・セカンドライフ、2010年にD&L TV(USTREAM番組)、2011年に先見塾(起業家および女流戦略家育成塾)をスタートし、多元的な情報発信と人材育成に尽力しています。

取材ご希望のところは、お気軽にご相談下さい。

※文責:西田親生


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2012/05/28 先見塾(起業家育成塾)
老いるとは何ぞや?
老いるとは何ぞや?

 先ず、肉親を題材に書くことをお許し願いたいのだが、写真上は私の実父。今年の1月1日で満85歳となった頑固親父である。

 最近、「老いるとは何ぞや?」と、日頃から父親を観察しては、老いることの心構えとは何だろうか、美しく老いるにはどうすれば良いのか、また、自分が今の父親の年齢に達したときにどうあるべきかなど、自問自答してみた。

 父は太平洋戦争を境に、波瀾万丈の人生を歩んだ人間である。戦前は文官として外地に赴任し、戦後40年ほど検察の道を歩んできた、私からすれば「武士(もののふ)」のイメージが強い人間である。

 勿論、親子であっても意見の対立はしばしばあった。しかし、人間学の手本としては身近にある良いサンプルでもあり、その生き様をしっかりと見据えてきたつもりである。

 しかし、現役の検察官当時は親子の会話も殆ど無い状態であり、同じ屋根の下に居ると、常に重圧感があり、私はそのプレッシャーに負けまいと、私なりにマイペースを貫くことに必死だったと言っても過言では無い。

 その父親が、63歳で退官し、銀行顧問などを経て、いつの間にか85歳の老人となっている現実。昔から寡黙な性格だが、眼光と思考回路は鋭かった。

 先日、その老人としばし語り合う時間があった。以前よりも滑舌が余り良くないような気がしたので、話しかけてみた。本人曰く、「妻を早くに亡くし、今独りで暮らしていると、いつの間にか会話が少なくなり、滑舌が悪くなったような気がする。」とぼそっと呟いた。

 なるほど、私も日々15時間ほどデスクワークに追われているのだが、黙って執務に傾注していると、この私でさえも滑舌がおかしくなってしまう。

老いるとは何ぞや?

 それ以来、たまに父親の自宅へ行くと、色んな事を引き出しては、質疑応答のように、記憶を蘇らせたり、全く別次元の話をしたり、又は親子共通の趣味であるゴルフやカメラ、釣りの話をすると、段々と滑舌が良くなり、検察現役時代の眼光が戻ってくる。

 母は若くして他界したが、この頑固で頑丈な父親を持ったことは、この上ない幸せなんだろうと思う。・・・周辺には介護を要する老人が沢山いらっしゃるではないか。それを思えば、父親がひょうひょうと自炊している後ろ姿を見れば、全く手が掛からないので、心から感謝しなければならない。

 しかし、果たして私自身が父親と同じ年齢になった時、どのような老人となっているのだろうか?・・・欲を申せば、できる限り人様の世話にならぬようかくしゃくとして若さを維持していたいと思うのだが、なかなかの難題のようだ。

 老いて行くのは自然の流れなので仕方ない。しかし、如何に美しく老いて行くかが重要な問題だろうと。

【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/
登録2012/05/28 12:17:49  更新2012/05/28 12:17:49   

2012/05/27 先見塾(起業家育成塾)
物作りを学ぶことが重要
物作りを学ぶことが重要

 最近、にわかに手に取り探究している物に、一眼レフカメラがある。現在、私が所有するカメラは、1988年製のNikon F4(フィルムカメラ)、1999年製のNikon D1、2003年製のLeica D-LUX、2008年製のCANON EOS 5D MARK II、そして2012年製のNikon D800がある。その他、Leica3台とカシオ、ソニーなどの小型デジカメが5台あったが、現在は何処に行ったか定かで無い。

 手作り高級カメラは例えようもないほどの質感と存在感があり、手に取るとそれぞれ甲乙付け難く、筐体の細部にわたり職人の魂が伝わってくる。

 特に、1988年製のフィルムカメラのNikon F4は、他のデジタルカメラと比較すると、筐体の厚さ、重さ、操作性などがすこぶる素晴らしく、今でも両手で抱えては、空撮りしてその音を楽しんでいる次第。ファインダーを覗くと、「これが一眼レフだ!」といった世界が広がる。

物作りを学ぶことが重要
◎Nikon D800で撮影したハンバーグステーキ(熊本ホテルキャッスル)

 また、ドイツの名門であるLeicaの小ぶりなD-LUXは、ドイツらしい緻密で機能性を重視したレベルの高いデザインと、操作性の良い各ボタンやレバーのレイアウトに驚いてしまう。勿論、筐体の曲線やエッジの仕上げは芸術品であるかのような夢幻の美を放っている。

 このように、職人の手が加わった手作り感のある一眼レフは、異次元の小宇宙を見ているように、何時間触れていても飽きが来ない。撮影した後でも、じっくりと時間を掛けて手入れをしてあげたくなる逸品揃い。手入れをすればするほど、段々と手に馴染んでくるのが不思議なくらいに嬉しくなってしまう。

 伝統と歴史ある職人の物作りへの拘りを学ぶには、このような逸品をじっくりと手にしてみれば良く理解できるものなのだ。

【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/
登録2012/05/27 07:49:58  更新2012/05/27 08:21:13   

2012/05/26 先見塾(起業家育成塾)
花(FLOWER)
花(FLOWER)

 「花」は、心を癒やす。そんな気持ちで、目の前の一輪の花を撮ってみた。(写真上/Nikon D800で撮影)

 幼い頃から木刀を振り回し、川面に向かって小石を投げたり、木によじ登ったり、野山を駆け回っていると、特に、男の子にとっては正直言って「花」は縁遠い。

 大人になっても、「花」の贈り物となると、根拠も無く一方的に「それは女性が好むものであり、男性には関係ない。」と、勝手ながら思い込んでいる私が居た。長年硬派で育ち、自分なりのロマンティックさの尺度から外れていたんだろうと。

 一輪の薔薇の花を片膝ついてプロポーズする映画のシーンをよく見かけるが、海外では日常茶飯事における習慣であり、女性の心を掴むために、その「花」が男性の心を上手く代弁する役割を果たしている。「クレドの世界 NOと言わないホテル」のザ・リッツ・カールトンの有名なエピソードの一つにも、「花」が登場するくらいだ。

 日本ではいにしえの時代から、四季折々に「花を愛でる」という習慣が残っている。しかし、満開の花を愛でても、花の命は短く、それを比喩で使用する場合、どうしても「花散る」というネガティブさが中心となり、静寂、落日、絶命などへと流れて行く。西洋文化と和文化のギャップを感じてしまう次第。

 特に、牡丹や椿などの花は、一瞬にして地面に落ちることから「斬首」のイメージがもたれ、お洒落な武田信玄が身に纏っていたと言われる幻の染め「辻が花」でも、その絵柄は、虫食いなど散る寸前の花や葉、水滴が描かれている。また、第二次世界大戦当時の特攻隊などでは「同期の桜」として美しく散ることを賞賛している。

 母の日に恥ずかしげにカーネーションを贈ったり、思春期の頃にはおませな女性からの「花言葉」に赤面したり、ロゼッタストーン10周年の時に22鉢もの胡蝶蘭を頂いて腰を抜かしたりと、「花」について色々と考察していると、だんだんとそれらが不思議な存在として、頭の中がブレインストーミング状態となってしまった。

 随分昔の話だが、小笠原流礼法三十二世宗家・小笠原忠統氏の自宅を訪ねたことがあった。その時、簡素な座敷で同氏を待つこと三十分。・・・何も飾りの無い座敷に、唯一、細竹に小さな一輪の花が生けてあった。同氏が早朝散歩の時に見つけた野の花らしい。柱と襖、畳の単調で素朴な色合いの中に、自然に溶け込んでいた黄色い花一輪。・・・実に印象的な和の空間であった。

 ここ最近の話だが、デスクワークばかりで外出が少ないと反省し、一眼レフを手にして、野の花や景色を撮りまくろうと、撮影機材をバッグに詰め、愛車をピカピカに洗って準備万端。・・・しかし、翌日は朝から雨。・・・以前から私が洗車すると雨というジンクスは消え去っていないようだ。・・・アジサイから始めるかと思っているが、これもまた宛てにならぬような気がしてならない。

【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/
登録2012/05/26 21:31:48  更新2012/05/26 21:35:02