本日、最後の備品として「Nikon ME-1」という、HD動画撮影時に最小限必要なステレオコンデンサマイク。CANON EOS 5D MARK IIやNikon 800D双方には、強力なHD動画撮影機能がある。しかし、筐体に内蔵されているMICでは、雑音を拾いすぎて、折角の映画のように質の高い動画が撮れたとしても、そのデフォルトの音では全く商品価値を落とすことになる。そういう事で、今回、デジカメマウント型のMICを揃えた次第。(勿論、スタジオには高レベルのコンデンサマイク群は揃ってはいるのだが。)
それから数年間は、ドイツの名門であるLEICAを4機種ほど揃え、2009年にはCANON EOS 5D MARK IIを購入し、国内の五つ星ホテルや高級レストランの料理の取材で大変活躍してくれた。動画もHDで撮影可能だったので、1台のカメラで、写真とビデオが一石二鳥。すこぶる便利なデジタルツールとして、私の仕事をアシストしてくれた。
CANON EOS 5D MARK IIは当時センセーションを巻き起こし、海外ではそれを使って短編映画も制作された。驚きの連続であったが、私なりに、PODCASTSやUSTREAM番組に積極的に活用していった。ちなみに、2110万画素というとんでもないクオリティは、当時比類無きものだった。
Nikon F4がこの世に産声をあげたのが1988年。既に、20年を過ぎている。当時、AFでスピーディー、タフ、アートで繊細に撮影できるカメラとして、世界中から注目を集めた名機である。
私が同カメラを入手したのは、会社設立の時だった。当時30万円近い値段に驚いたが、それ以上に腰を抜かしたのが、同カメラのグリップ具合や多彩な機能だった。一眼レフを初めて手にした方は、ボタンが沢山有りすぎて、何が何やら分からないというのが本音だと思う。私も同じだった。
昭和20年代からドイツの名門ライカを使っていた父親の背中を見て育ったのだが、私個人はカメラよりも車の方に趣味が流れていったような気がする。一つは、新聞社時代、当時の市民会館の公演会立ち会いの時に、関係者席の椅子に置いていた自分のカメラを盗まれたので、それから全くカメラに興味を持たなくなったのかも知れない。
当時の部下も私のカメラの上に掛けた彼のジャケットから財布を盗まれた。とんでもない人間が居ると、怒り狂ったが、人の物を盗む輩がこんなにも近くに居るとは、実に情けなかった。近くの交番に盗難届を提出したが、何日経っても見つからず、とうとう高価なカメラと部下の財布は戻っては来なかった。
そうしている内に1990年に独立し、マルチメディア企業としてD&L社を設立。デジタルな仕事を選んだが故に、当時のアナログカメラとの縁は無かった。しかし、自治体の大きなイベントがあり、その冊子を作ることになった。よって、急に記録用のカメラが必要となった。それで購入したのが、写真のNikon F4である。
今でも手にとった感触は素晴らしく、ずっと後ろから手を回して抱いていたいくらいの素敵な女性のようだ。デジタルな世界に身を投じて、このようなアナログなカメラに縁遠くなったのだが、この名機には随分お世話になった。今でも色んな想い出を語ってくれ、心から感謝している次第である。
今日は久し振りに深夜でもあったが、カメラ本体とレンズ周囲の埃を丁寧にぬぐい、カメラ専用のメンテキットを使いピカピカにしてあげた。本日午後1時から「先見塾」のBASICとEXECのダブルで講義予定。・・・そうそう、良かったら、カメラの歴史や世界最先端技術を搭載したデジタル一眼レフカメラNikon 800Dの撮影法などを話してみようかと。
※写真上は、CANON EOS 5D MARK IIのモノクロで撮影
【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/
▼ニコン歴史発見
http://www.nikon.co.jp/channel/history/index.htm