ロゼッタストーンBLOGニュース

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ロゼッタストーンのオフィシャルBLOGです。ロゼッタストーンは1995年に熊本県第一号として生まれた異業種交流ポータルサイトで、現在は、フランスのパリ、カナダ、東京、静岡、京都、兵庫、沖縄など、国内外の特派員が日々アグレッシブに情報を発信しています。

その他、ロゼッタストーンはメディア融合を軸として、2005年にPODCAST、2007年に仮想現実3Dワールド・セカンドライフ、2010年にD&L TV(USTREAM番組)、2011年に先見塾(起業家および女流戦略家育成塾)をスタートし、多元的な情報発信と人材育成に尽力しています。

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※文責:西田親生


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2011/12/31 先見塾(起業家育成塾)
スティーブ・ジョブズの世界
スティーブ・ジョブズの世界

 スティーブ・ジョブズを、Macintoshの生みの親として語る番組が多く放送される中、ほとんどが彼の「芸術家」としての評価の高さや「発明家/革命家」としての彼の功績を強く押し出し讃えるコンテンツとなっている。

 1984年に日本上陸を果たしたMacintosh(128)。この10インチ程度のディスプレイを見れば、一目瞭然である。当時のPCのキャラクタ表示に対してビットマップ・ティスプイを採用し、アイコンというヒューマン・インターフェースの独特な発想が、Macのブルーバスターズとして、且つMicrosoftへの闘いの狼煙だったと考える。

 Mac Drawというアプリケーションを使うと、単なる円を描くにも、柔らかくしなやかに緻密な動きを見せ、真円から楕円まで、スムーズにワンボタンマウスだけで表現できたのである。車に例えると、3段マニュアルシフトの国産車に対抗してPDK(7段ギア)搭載のポルシェといった感がある。・・ガチガチガタガタの機械的なPCに対して、自由自在に変形するアメーバのような変幻自在で、あたかもAI(人工知能)を備えたクリエーター兼秘書的存在だったのだ。

 元々は巨大企業ゼロックス社で開発研究されていた、アイコンをベースとしたヒューマンインターフェース。タイポグラフィーに情熱を燃やしたスティーブ・ジョブズという天才は、それを芸術品としてMacintoshを世に送り出したに違いない。(当時気づいていたPCユーザーは皆無に等しい)・・・1984年、私にとっても思い出深いMacintosh。当時、自宅に届いたキューブ形の箱から取り出した度肝を抜く瞬間を今でも鮮明に覚えている。

 また、Macintoshの筐体の内側を覗いてみると、内壁に当時の開発者たちのサイン(自署)がエンボスで施されていた。これもまたスティーブ・ジョブズのこだわりが隠されているものだが、キーボードから特殊なコマンドを打ち込むと、画面に意表を突くような映像が現れた。知る人ぞ知る「お洒落な遊び心」だが、微に入り細に入り、とことん彼は陶芸作家で人間国宝のような「物づくりへの執念」を燃やしているんだというメッセージに違いなかった。

  コンピュータは専門家や大企業のステータス的な存在では、現在のITT世界は到来していない。スティーブ・ジョブズ、そしてダブル・スティーブと呼ばれた相棒スティーブ・ウォズニアックがMacintoshを開発していなければ、現在の家電製品のような生活必需品としてのパソコンやその他デバイスは目の前になかっただろうと・・・。

 今も尚、オフィスで使われているMicrosoftに占領されたPCは味気ない、「have no taste !」とある米国の有名な番組でスティーブ・ジョブズは明言している。されど、国内で仕事となれば「have no taste !」な四則演算や文書作成がほとんどの業務を占めている。・・・だから、いろんな研修会などで味気ない体裁のないプレゼンテーションが堂々と通用しているのではないか。

 タイポグラフィーを原点としたスティーブ・ジョブズの思想に沿わないPCの使い方をしている人が殆どであり、それが当然だと思い込んでいる人が多く、また企業もそれなりで十分だと妥協しているのが現状なのかも知れない。

 「Think different !」からスタートし、成功への紆余曲折の人生を振り返ったスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式で特別ゲストとして言い放った「Stay foolish! Stay hungry!」・・凡人である私は、なかなか理解して実行することはできない、実に重みのある意味深い言葉でもある。

 ニュートンは、林檎が落ちる物理現象を見て、重力(9.8m/sec2)を発見した。その林檎がApple Inc.のロゴとなっており、それもひと齧りしているところがなかなかのウィッツである。・・・スティーブ・ジョブズは、家族である妻、子供、そして恋人、友人、知人にとって大切なコミュニケーションを見て、生前には「Siri」をより進化させ、それを世に送り出し、再び世の中に革命をもたらしたかったに違いない。



【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/

【ロゼッタストーン公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/
登録2011/12/31 18:28:32  更新2011/12/31 18:39:45   

2011/12/29 先見塾(起業家育成塾)
自信喪失と自己嫌悪の人生。
自信喪失と自己嫌悪の人生。

 人は、大人になればなるほど、無くて七癖、十人十色となる。平均的な教育課程である義務教育時代を振り返ると、「右へ習い」と「ドングリの背比べ」。おりこうさんには「よくできました」の桜マーク、いつも今ひとつの人には「がんばりましょう」の桜マークが私たちの時代だった。

 今回のテーマは「自信喪失と自己嫌悪の人生」だが、これは幼い頃に自らが体験した事を思い起こし、赤裸々に話をしたいと思う。

 先ず、小学校低学年の頃の話。転勤族の父を持ち、2〜3年に一度は転校しなければならない私だったが、赤面症の自分が凄く嫌だった。そして大胆だが、逆に小さな事が結構気になっていた自分自身も居た。

 例えば、半ズボンで椅子に座ると、太ももが横に広がるのが嫌で、それが美しく見えなかった。今、考えれば体育会系なので、足の筋肉が発達していただけの話。勘違いも甚だしく、単なる幼い子供の稚拙な思い込みである。また、負けず嫌いな性格が仇となり、妙に皮肉れた考え方を持った子供だったように思える

 女の子には人気があったというより、年上の女の子から追い回されていた記憶がある。小学校4年生の時だったか、誕生日ともなると、自宅の玄関先まで数人の5年生、6年生の女子生徒が、リボンの付いた筆箱や色鉛筆などのプレゼントを手渡しに来てくれていた。

 しかし、同級生の女子生徒からは、靴箱のところで数人が仁王立ちとなり文句を連発された事もしばしば。多分、同級生には鼻を突く存在だったのかも知れない。私が自己嫌悪になる原因がそこにも有った。小学校6年の2学期には、一人の生徒の尻を足蹴して、プールに落とし、学級委員長を剥奪された事もあった。

 中学生となり、転校先が変われば変わるほど、文化の格差(地域格差)を感じた事も多々あった。大嫌いな国語。本を読むより、運動場や川岸で遊び呆ける毎日だったので、文学的な知識やカルチャーなど知った事ではなかった。しかし、数学や英語、理科などはクイズや謎解きの様で楽しかった。

 某中学校から転校する時に、2学期の期末テストで学年3番だったY.U.君(現在、某県課長)から「転校だって!寂しくなるよ。・・・でも、君は今回13番だったので、最後まで僕を抜けなかったね!」とニヤリと笑った。まだ中学1年生の頃だったので、当時は余り気にしなかったのだが、次の転校先の中学校でニューフェイス挨拶をした瞬間に、その「抜けなかったね!」を思い出した。

 転校先は結構レベルの高い中学校のようで、某県では進学校への合格率が一番高いところだった。そこに、何と小学校1年生の頃に隣のクラスに居たS.U.君(彼は1年1組、私は1年2組。)が目の前に立っていた。7年ぶりだが、互いに幼い頃の面影があり、一瞬で分かった。数百キロ離れたところの中学校での再会である。

 それから平穏無事な中学2年、3年生を送る事になるのだが、そこで初恋の相手M.A.さん(某県)と出会う事になる。これは数年前のテレビ熊本(TKU)の「夜はホンネ!?(30分番組)」に出演した時に、司会者から唐突に聞き出されて、嫌々ながら話した内容なので、詳細に関しては割愛する。

 中学2年生当時から、手も繋ぐ事もない健全な交際だった。恋と言うより、彼女の成績を上げようと必死となった自分が居た。1学年350人程度のところで、確か彼女は100番から120番のところに居た。

 交換日記を迫る彼女。それに日々のドリル形式に試験問題を書き綴る私が居た。かなり硬派だったので、その程度しかアイデアが浮かばなかったのかも知れない。結果的には中学3年生の2学期には、彼女は30番以内に入っていたと思う。よって、入試ではレベルの高い進学校にパスしたようだ。蛇足だが、私も当時「変わり者男子4人組」に入り、文武両道で学校内を荒し回っていた。(苦笑)

 ※中3時代、某県で3万人近くが受ける県下統一テストで、20番以内に「変わり者男子4人組」が入っていた。

 現在、J.Y.君は、東大医学部出身の某医科大学部長、S.U.君は某公団の役員、更にH.N.君は某高等学校校長として夫々活躍している。そして、残りの私だけが凹んだ有様という事になる。

 私の人生において、最大の自信喪失、自己嫌悪に陥ったのは、2つめの高校へ転校した時だった。それは転校早々2日目にして、番長格の人間と衝突し、胸ぐらを掴まれた際に、とっさに身の危険を感じてしまい、手を出してしまったのだった。

 今思えば、4発ほど顔面を拳で叩き、そのまま校長室に連れて行き、「こんなつまらん学校は辞める!」と言い放って、そそくさと自宅へ歩いて帰ったのだった。・・・結果的には校長や教頭、担任が何度か両親を説得し、数日後にその高校へ戻る事になる。

 常に平穏無事且つ順風満帆のように見えた自分の人生だったが、ここで大きな落とし穴があり、それからと言うもの、担任との確執ばかりで、とうとう卒業するまで、その高校のカラーに全然染まる事が出来なかった。

 毎日の高校生活が苦痛でたまらず、学校への道のりがどんどん遠く感じてしまう。一番の親友となったR.S.君(互いに両親が検察官であり、隣の官舎に住んでいた。)は2年生になる時に、某県の高校へ転校してしまった。よって、更に学校が遠のいて行くばかりであった。

 今思い起こせば、この時点で私自身が将来における目標もやる気も全く無くなったのではないかと言う事だ。(単なる逃げに等しい事だが)・・・英語の担任の発音が耳障りとなり「シマルテーニョスリーと読め!」と命令されても、「サイマルテーニョスリー」と言ってしまう私が居た。へそ曲がりの典型的な馬鹿生徒である。

 そんなこんなで、父との確執も激しさを増し、夢に描いていた米国留学も拒否され、気づいたらあっという間に大人に成っていた。・・・社会人となるために入社試験を受けなければならない。しかし、本人は全く希望も目標もない状態なので、自分の趣味であったゴルフや車だけに傾注していた時代であった。

 父の友人らが就職を世話すると言う。既に4社ほど推薦で決まっていた。へそ曲がりで、自信喪失、そして自己嫌悪に陥っていた私がとった行動は・・・4社全て丁重にお断りをしてしまったのである。そして、自分で探した会社に半年ほど通勤し、体調を壊わし、それから半年間は、ただぼーっと旅行したりして日々を送っていたように思う。

 そして8月末となり、就職活動というか、入社試験の締め切りが当時9月22日だったか定かでないが、某新聞社の試験を受ける事にした。実は前年に某新聞社の或る人から声が掛かっていたにも関わらず、断わっていた会社の一つでもあった。

 最終面接の日、筆記試験数百人の受験生の中から18人ほどが残り、面接室前の長椅子に座り待たされた。・・・何と面接第1号が自分だと知り、正直なところ「これは皆優秀な学生のようなので、自分は駄目だ!6〜8人くらいが合格ならば、不合格の枠に入るに違いない!」と腹をくくり、面接室へ足を運んだ。

 今でもその面接室を鮮明に覚えているが、当時某新聞社の専務(実権を握る人物)が中央に座し、その右手に人事局長、部長らが陣取っていた。全部で6名ほどの面接官だったと記憶する。

 いろんな質問が飛び交う中、最後に「その白黒写真1枚を見て、英語で感想を述べよ!」と言う声が聞こえた。タクシードライバーが道路左側の溝に突っ込み、それを呆然と見ている写真だったが、私なりに英語で感想を述べたのだった。

 1ヶ月ほどして自宅に届いた「合格通知書」。意外だったが、結果的には「パスして良かった!」と胸を撫で下ろした。しかし、父からは「おめでとう!」の一言も無かった。・・・依然として高校時代にトラウマとなった自信喪失、自己嫌悪は心の中で蠢いていた。

 それから約10年間を某新聞社で過ごす事になるが、日頃から絶えない上司との衝突があった。「自分は協調性に欠け、更には組織に合わないのかも知れない!」と、自分自身を慰めていた時期もあった。協調性の無い生意気な青二才は、「虐め」という格好のターゲットとなり易い。

 夏休みの申し出も優先順位が最下位で決めなければならないとか、土日祝日は当然のように出勤を余儀なくされた。昼食も某部長Aが愚連隊(死語だが)のように連れ回し、食べたくないものを義理堅く食べていた私が居た。

 某新聞社を辞めるきっかけとなったのは、某部長Bが私の部下を虐めていた事が発端となるのだが、それ以外にも酒を呑む席と言えども、若手の私的生活にまで及ぶ性的な冷やかしや誹謗中傷など、酷い先輩もかなり社内を闊歩していたような気がする。

 某部長Kからは、「君とは身分が違うから、君が簡単に課長などなれる訳が無い!」と駐車場近くですれ違い様に言われた事もあった。数日前に発覚した熊本市職員の馬鹿げた「虐め」とは質を異にするが、まあ虐められる側からすれば、似たり寄ったりである。

 県内ではナンバーワンと言われる某新聞社を去ったのは、私が34歳の夏だった。2ヶ月ほど前から胸元に辞表を持ち歩いていたので、去る時は全く悔いも無く、若気の至りか、将来に対する不安感も皆無であった。

 それから慌てたように27日間(9月27日)で1000万円を先輩や知人から準備してもらい、D&L社を創設する事になる。・・・まあ、波瀾万丈というか、無鉄砲というか、大バカ者である。

 独立して今年10月1日で21年になるが、諄いようだが、今も尚、心の中には自信喪失、自己嫌悪という2つの言葉が心の壁にこびりついているのである。

 元々、自分の人生に対してはかなり理想が高かったと考える。しかし、人生はその理想通りのレールを走ってはくれない。もっと平坦な道と思っていたのだが、これこそ紆余曲折、アップダウンの激しい道のりが人生だ、波瀾万丈が当然なんだと考えるようになっていた。

 料理もそうだが、甘いものばかりでは飽きがくる。時には辛いもの、酸っぱいもの、苦いものなどなど、彩りも色々あった方が結果的にはインパクトのある楽しい人生となるのではないか。・・・ここで私の負けず嫌いが出ている。(修行が足りない!)

 長々と駄文を書き下ろしてはみたが、まだ結論という結論に至っていはいないというのが正直なところ。・・・「この大バカ者が失敗に失敗を重ねて気づいて来た事を、何とか若手の起業家や女流戦略家へ伝えたい!」、「二度と、このような大バカ者の真似をして失敗して欲しくない!」・・・そんな気持ちで今年開塾したのが、実は「先見塾」だったのである。

 人生は思ったより長くもあり、短いもの。悔いの無い人生として、自分の背後にどれだけの「素敵な点」をマーキングできるかが重要なポイントでもありそうだ。

 最後に一言申し上げたい。・・・「人は学歴にあらず、人は履歴に価値あり。」

【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/
登録2011/12/29 03:02:27  更新2011/12/30 03:34:15   

2011/12/27 先見塾(起業家育成塾)
今年最後の先見塾EXECを開催!!
今年最後の先見塾EXECを開催!!

今年最後の先見塾EXECを開催!!

今年最後の先見塾EXECを開催!!

 昨日、12月26日(月)午後3時から「先見塾EXEC」今年最後の講義を行った。講義前に塾生に準備されたのは、何と帝国ホテルオリジナルケーキ。極上のモンブランに4つの渋皮付き栗とラ・フランスが添えられ、クラシックな中に重みを感じる逸品である。

 当社では日頃から帝国ホテルオリジナル珈琲カップ、マグカップ、大皿、小皿などを来客用に使用しているが、本日も大活躍。各々、ワンホールのケーキ四分の一を頬張った。或る塾生曰く「○○社のケーキとは比較にならないほど、旨すぎる!」と。

 30分間のアイドリングが終了し、本日から本格スタートした「美味しんぼ(英語版)」の音読み及び和訳。吹き出しの文字が全て大文字なので読み辛いが・・・各自が登場人物に扮して音読し、今日は11ページまでのところで終了した。

 その後、MacBook Proを使って、検索エンジンの詳細解説、画像及び動画情報とコンテンツ、リアル3D謎解きゲームや毛色の変わったカードゲームなどの体験、その他Facebookの便利アプリなども含めて、3時間の講義が終了した。

 同塾後はお決まりの夕食会。今回は水前寺東濱屋の極上鰻重を食す事に!!・・・相も変わらず、ふわふわで香ばしさいっぱいの鰻とそのタレに酔いしれた。

 しかし、鰻のシラスは高騰を続け、現在、1キロ当たり200万円を超す勢いだと言う。外国産の値段が国内産を上回るという逆転現象に、地方の卸会社などギブアップが続くのではないかと懸念されていると言う。

 どこの国だか知らない(たぶん検討はつく)が、シラスの密猟や乱獲によるモラル無き高騰劇を、国や政治家はどう見ているのか!?・・・果たして、国策として抗生物質投入解決策を持っているのか否か、疑わしく、実に頼りない。

 いつもの事ながら、後手後手に回らぬように、適時適切な解決を願いたいものである。

【先見塾公式サイト】 http://www.senkenjyuku.com/


登録2011/12/27 02:53:42  更新2011/12/27 07:41:39