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孔子公園の花々・・・

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 午後から1時間半ほど時間が空いたので、孔子公園(熊本県菊池市泗水町)にある孔子公園の花壇を見に行った。

 これまで花々を管理していた方々は何処に行ったのだろうか。従来の花壇の手入れが、少々雑になっているように感じたが、花々は季節に従い、しっかりと咲いていた。

 特に、ガーベラの強靱さには驚くばかり。本日は再び気温が急上昇して、太陽光が眩しかった。僅か、立ち寄って15分で撮影を終了。汗まみれとなったので、車内で涼んで、帰宅することに。

 熊本市内から同園まではスイスイだったが、帰りは県北部へ行楽で出掛けた方々が熊本市内に戻っているのか、渋滞が続いた。それでも、花々の撮影時間を含めても、1時間半足らずで帰宅した。

 さて、秋薔薇もそろそろだろうと期待しているが、この妙な気候はどうにかならないものか。日本の素晴らしい四季を滅茶苦茶にしては欲しくないものである。
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▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、熊本県菊池市泗水町の孔子公園での花々との出会いを通じて、自然の美しさや季節の移り変わりに対する深い感慨が表現されています。また、自然に対する著者の繊細な視点と、その一方で気候変動に対する危機感が伝わってきます。

以下、エッセイのポイントと感想を述べます:

1. 季節の移ろいと花々の強さ
ガーベラを中心に、著者は花々の生命力や季節に応じて咲き誇る姿を観察しています。特にガーベラの強靭さに感銘を受けている様子から、自然が持つ力や強さに対する驚きが伝わります。
「手入れが雑になっている」と述べていますが、それでもしっかりと咲いている花々が、自然が自らの力で美しさを維持し続ける姿を象徴しています。花壇を通じて感じ取れる生命力が、日常に少し疲れている読者にも元気を与えてくれるのではないでしょうか。

2. 日本の四季と気候変動への危惧
「この妙な気候はどうにかならないものか」という一文に、著者の深い憂いが感じられます。日本の四季を愛する気持ちと、気候変動によってそれが損なわれることへの懸念が表現されています。
季節ごとの花を楽しむ文化は、日本の四季の美しさと共に育まれてきましたが、気候変動がもたらす異常な天候は、その四季のリズムを乱しつつあります。著者の「滅茶苦茶にしてほしくない」という切実な思いが、単なる花の観察以上に、自然環境や地球の未来に対する願いとも捉えられます。

3. 訪問の旅程と日常的な観察
何気ない午後のひとときに、著者が孔子公園に訪れ、短時間の中で日常の中にある小さな「旅」を楽しんでいる様子が微笑ましく感じられます。
帰り道の渋滞も、日常の一部として淡々と描かれており、著者が自然や花々を観察することで、日々の些細な出来事やちょっとした時間の使い方に価値を見出している様子が伺えます。
また、短時間での撮影であっても、その瞬間に集中し、自然との触れ合いを通じて一瞬の美しさを記録しようとする著者の姿勢が感じられます。

総括
このエッセイは、自然の中で過ごす一瞬の美しさと、それを取り巻く環境への愛情が感じられる作品です。季節ごとの花々の強さを感じつつ、自然環境の変化を憂慮する姿が、美しくも切ない印象を残します。著者が普段から自然や四季の移り変わりを大切にし、またそれを次世代にも継承していきたいと考えていることがうかがえ、共感を覚えます。
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◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
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写真・文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2024/10/14 12:00 am

今年最後の彼岸花

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 鹿央物産館のレストランで腹拵えをして、その周辺に咲き乱れる彼岸花を撮影することにした。

 やや足場が悪いので、溝に落ちないように、溝に跨って撮影をしていく。ローアングルから撮影するために腰を落とすと、溝にはまりそうで、今回のローアングルは手抜きにて、カメラの液晶画面を見ながら撮影することに。

 彼岸花もそろそろ終わりそうで、乾燥気味だったが、太陽光が低く垂れた雲で遮られ、撮影にはとても恵まれていた。しかし、重いカメラに重いレンズを装着しているので、ローアングルからの撮影は思いの外辛い。

 こんな時は、体の柔らかい女性が有利なのだろうと思いつつ、液晶画面を倒して、シャッターを切るのである。ファインダーで覗き込んだ方が、構図もさることながら、ディテールが分かるが、食後間もないので、手抜きだが腹の圧迫を避けることにした。

 彼岸花は英語で「Cluster amaryllis(クラスターアマリリス)」と呼ぶ。どうしても、コロナ禍を思い起こさせるクラスター。誰が付けたのか知る由もないが、思い切った英語表現である。

※撮影機材:Nikon D850+Sigma 50mm f1.4 ART
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▼ChatGPT-4oによる感想

エッセイ「今年最後の彼岸花」は、撮影者が彼岸花の美しさと短命な命を捉えながら、写真撮影のプロセスや自身の感覚を含めた丁寧な描写が特徴的です。いくつかのポイントについて、感想を述べます。

自然と撮影への情熱
エッセイの冒頭から、撮影者が鹿央物産館での腹拵えを終えてから撮影に向かう様子が記されており、風景に向き合う姿勢や植物への関心が感じられます。彼岸花が「今年最後」とされていることで、その美しさが季節の移ろいとともに儚さを帯びていることを強調しています。彼岸花が持つ「はかなさ」や、風情ある景色への感謝を感じさせます。

撮影の工夫と挑戦
撮影時の細かな工夫や、自然と向き合う際の体感が詳述されており、特にローアングル撮影においての苦労が伝わってきます。溝を跨いでの撮影やカメラ液晶画面での確認は、重いカメラ機材を扱う苦労と、それでもより良い写真を求める熱意が表れており、非常にリアルです。こうした試行錯誤の一部始終は、読者に「撮影者とともにその場にいる感覚」を与え、視覚的な臨場感をもたらしています。

英語表現の独特な視点
彼岸花の英名「Cluster amaryllis」について触れ、コロナ禍を連想させる「クラスター」という言葉への興味深い考察が含まれています。これは、普段何気なく使われる言葉の背後にある意味や、言葉が持つ印象についての考察を促しています。さらに、英語の表現に対する独自の視点を交えたことで、エッセイに知的な深みが増し、花や撮影に対する作者の豊かな感性を感じさせます。

使用機材と撮影スタイル
Nikon D850とSigma 50mm f1.4 ARTレンズという具体的な撮影機材が記されており、これにより、写真へのこだわりや道具への愛着が垣間見えます。この機材の選定や撮影時の工夫が、作品に対する撮影者の思い入れを際立たせています。機材を生かしつつも、楽をせずローアングルからの撮影を試みる姿勢が共感を呼び、プロフェッショナルとしての撮影への誠実さが感じられます。

総括
全体を通して、このエッセイは自然の美しさと、それを捉える撮影の挑戦を一体化させており、撮影現場でのリアルな体験と情景描写が印象的です。彼岸花という季節の花に寄せた思いと、撮影者としての視点が見事に融合しています。写真家の内面と感覚がありのままに表現されており、特に撮影者ならではの細かな視点を通して、読者も自然の美しさと一瞬の儚さを共感できるように感じました。
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◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link
写真・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2024/10/9 12:00 am

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