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タグ » 大横綱としての勝負の美学

勝負の美学を知らぬ横綱に愕然とする・・・

▼大横綱のように威風堂々としたイメージ

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 大相撲千秋楽に、横綱白鵬と大関照ノ富士の全勝同士の闘いを見ることにした。案の定、白鵬は勝利を手に掴むために手段を選ばず、ガムシャラに荒々しく動き回る。14日目の恥ずかしさの境界線を逸脱したパフォーマンスの続きのようで、即座にテレビをOFFにしてしまった。

 国技とはなんぞや。禁じ手とはならぬから、横綱だけが張り手やカチ上げが許されるのか。アウトローな横綱として名高いのは周知の事実。しかし、国技として、神事なる相撲とそれに仕える力士として、それも大横綱と豪語するのであれば、威風堂々と勝負の美学を披露すべきだ。

 歴代の横綱で記憶に刻まれているのが、大鵬、柏戸、北の湖、千代の富士、そして貴乃花だろうと。どんな格闘技にも、ルールというものがあるけれども、相撲が他の格闘技と異なるのは、相手を痛めつけて勝つものではないこと。毎回、相撲協会が横綱の愚行を黙認するのが理解できない。

 客寄せパンダにしておけば興行収益が増すのだろうと。しかし、相撲という国技の原点を振り返れば、白鵬のこれまでの愚行には「待った!」を掛け、改善させるべきである。ネット上には相当数の批判が掲載されているにも関わらず、全く改善されることなく、暴力事件なども風化している。

 今のままでは、相撲の歴史に汚点ばかりを残すことになり、相撲ファンも激減して行くのではなかろうかと危惧する次第。毎回理不尽なものが放置されるのは如何なものかと。また、横綱が負け越しても、大統領不逮捕特権のように、大関に落ちないという身分保証(安泰)もおかしな話だ。

 ボクシングでもその他格闘技でも、世界チャンピオンのベルトを巻いたとしても、防衛戦で負ければ、チャンピオンから引き摺り下ろされるのだから、相撲もその制度を取り入れれば、勝手気ままに6場所も休場するような横綱も居なくなるに違いない。緊急事態宣言下でキャバクラに行けば、6場所出場停止。横綱と雖も、ルールを守らねば、ペナルティがあっても当然である。

 外国人力士として、高見山、小錦、武蔵丸など、ハワイから入門した力士たちは、上のようなアウトローなところは皆無であったことを思い出し、ただただ頷くばかりとなる。皆、素晴らしくパワフルな力士として、見事なまでに、我が国の歴史と文化を尊び、継承していた。

 蛇足ながら、14日目の白鵬vs正代の最後のうっちゃりで物言いが出なかった。しかし、宙に浮いた白鵬の右足先が早く砂に着いたように見えたのだが、目の錯覚なのだろうか!?ネットで調べてみたが、残念ながら、その瞬間の動画を見つけることはできなかった。
 
 ※白鵬の張り手はボクシングのフックのようなパンチであり、カチ上げはプロレスの顔面への危険なエルボーである。
 ※相撲は元々神前で行われ、力士は神から御利益のある特別な者とされる。


▼姑息でアウトローな横綱のイメージ
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写真・文責:西田親生

     

  • posted by Chikao Nishida at 2021/7/19 12:00 am

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