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声を掛けて頂く有り難さ・・・

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 昨日、筆者の誕生日に国内外から「Happy birthday to you!!!」と、GIFアニメ、趣向を凝らした写真を添付したお祝いメッセージが、百数十通贈られてきた。これは、Facebook、MessengerやSMS、LINEなどネット上での話だが、声を掛けて頂くことが如何に嬉しいことなのかと再確認した。

 また、そこで気づいた事は、外国の方々と日本人とのアニバーサリーに対する考え方や表現などが、全く異なることも理解できたのである。勿論、Facebookやその他SNSでは、アカウント保持者とフレンドを結んでいれば、自動的に「〇〇さんの誕生日ですよ!」と教えてくれるので、実に便利でもある。(迷惑と感じる人もいる)

 宗教的な違いもあるが、普段の生活パターンや他人との距離感など、海外の方々と日本人は全く異なる価値観を持っているのは間違いのない事実。兎に角、海外の方々は、他人様のお祝い事を、あたかも自分のお祝い事のように、ストレートにしっかりと言葉で表現し、喜びを伝え祝ってくれる。

 方や、日本人の場合は、特に男性は「誕生日なんぞ、子供の頃に祝うものだ!」と言う人も居れば、女性の多くは年齢性別に関係なく、誕生日への認識も異なり、年中行事の祝い事と同等の価値観を持っている。どれが良い、どれが悪いという話ではなく、その傾向にあると言えるのではないか。

 日本人は、現時点において世話になっているか否かを、他人様のお祝い事に対する、アクションへのフィルタリング基準とする人が多いと言える。例えば、カップルの砂浜でのプロポーズを、海外であれば皆が囲んでセレブレート。しかし、日本だと殆どの人は横目で見ながら素通りする光景が目に浮かぶ。

 国民性と言って終えばそれまでだが、日本人は、過去において世話になったことがあっても、ほぼ忘れてしまい、上述のように、現時点で関わりがあるかどうか、現時点での双方の距離を見て、自らのアクションを決定する。驚くべきは、第三者の不幸の知らせに、「人の不幸は蜜の味」と諸手を挙げて喜ぶ輩もいる。

 筆者は昨日の記事にも書いた通り、世話になったことは絶対に忘れることはない。些細なことでも、その時を助けてくれたり、支えてくれた事は、「御恩」として大切に仕舞っておく。自画自賛となるが、多分、記憶力は人並み以上にあるので、幼い頃から多くの御恩を、今も尚、一つ一つを懐に温めている。

 勿論、理由はともかく、目の前を通り過ぎ、疎遠になった人も多数いるが、その時その時を周囲の方々より助けて頂いたからこそ、今の筆者があると考えている。ふと昔の記憶を辿れば、3歳の時だったか、幼稚園の園長先生のお世話で、生まれて初めて食したホームメイド・クリスマスケーキの感激を、昨日のように覚えている。

 その他、幼い頃の筆者の誕生日に、幼友達が自宅へ押し寄せ、皆で母手作りのカレーライスを頬張って、誰がどの席にどのような感じで座り食べていたかも記憶している。女の子で何杯もカレーのお代わりをしたことも。また、小学校1年生の時に川の土手から転び膝を擦りむき、土手横の家の方から消毒、治療をしてもらったこと等々。

 ここで人との距離感について語りたい。それは、第三者との接点が全くなければ、他人事で物事を見るのが一般的な人の考え方、対応である。しかし、筆者は目の前の事象が他人事であっても、只事ではないと判断すれば、一瞬間に信号が点滅し(馬鹿正直の癖)、他人事では済まそうと、その場から逃げる事は一切ない。

 今回のウクライナ危機についても、正直なところ、海外メディアの動きと比較すれば、国内メディアの報道内容は事実を確と伝えてはいない。路上で絶命している人たちから目を逸らし、見てはいけないものとして、報道規制を掛け、実情を伝える報道になっていない。だから、「対岸の火事」であるかのように感じられる訳だ。

 他人様のお祝い事であろうが、不幸な事件事故であろうが、日本人は兎に角「対岸の火事」的に、知らず知らずの内に「触らぬ神に祟りなし」という考えが先行し、関係を断つを選択しているのだろうと。よって、外国の方々のように、フレンドリーにフランクに物事を、自然に、素直に受け止めることができないのだ。

 所謂、「隠と陽の世界」の『隠』が日本人的感覚となる。日本人といえども、現在の若い人たちは結構フレンドリーにフランクにその日を生きている。しかしながら、歳を重ねるにつれ、段々と『隠』の暗雲が棚引き、社会との関係性を断ち、後期高齢者として孤立化、孤独化する狭い歪な世界に立ち竦むのが日本人である。

 「この歳になって、そんな事はどうでもいい!」と情報を拒絶する熟年男性。「この歳になって云々」と、日本人は年齢を気にするがあまり、勝手に自己規制に走る。それは、コミュニケーション下手な日本人であるが故の流れである。しかし、一回きりの人生を考えれば、その悪しき慣習は、非常に勿体ないネガティブ論理ではあるまいか。

 何はともあれ、昨日の百数十通のお祝いメッセージを拝見しながら、『陽』の世界に住む人たちを羨ましく思ったのである。ウクライナの避難民や蛮行を続けるロシア軍を向かい撃つ同国軍の兵士たち。共存する為、国を守る為の「心」を肌に感じ、昔の日本の「向こう三軒両隣の精神」の良き時代を思い出したのであった。

 例え、危機的状況であるとしても、「触らぬ神に祟りなし」という言葉は、筆者の頭(辞書)にはない。どんな状況下であろうが、正義正論を貫き通し、皆が平穏無事なるベクトルへ向かうよう、慎重なる危機管理を大前提に、いつ何時でもストレートにフランクに声を掛けができるよう、日々自分に言い聞かせているところである。

 以前の記事でも触れたように、特にアジア系の人間は、虚栄を張って体裁を重んじる傾向にある。それはどうでも良いことだが、体裁ばかりでは大きな信頼を得る事は不可となる。常に仮面を被り、体裁を整え、虚栄に走っても意味がないことなのだ。よって、自然体を貫き通すがよっぽど人間らしく、楽しい毎日を送ることができはしないかと考える次第。

▼孔子公園の花壇に咲く花
koshipark


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写真・文責:西田親生

                 

  • posted by Chikao Nishida at 2022/5/9 12:00 am

九死に一生を得る!

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 私ごとで大変申し訳ないけれども、19日夕刻、想定外の想定外の不慮の事故が、僅か1時間にて、暗転が好転に変わった経緯を是非語りたく思い、ここに書き綴る次第。

 実は、19日の夕刻に一度はオフィスに戻ったものの、午後6時半から友人とグルメ会を催す約束をしていたので、オフィスにて一休憩した後、車を運転し、会食場へ向かったのである。

 午後5時半、左折をして国道3号線に入り、アクセルを踏み込んだ瞬間に、妙なエンジン音と共に、「エンジン修理が必要!!!」という文字と同時にアラートが鳴り出したのである。

 まだ、車はそのまま動いてくれていたので、そのまま2車線の右側を通過。数百メートル先の信号機が赤となり停止。車の往来が激しい時間帯だったので、早めにオフィスを出たものの、何となく嫌な予感がしたのだった。

 そう思った矢先、信号機が青となり、アクセルを踏むと、急に赤いシグナルが目の前に現れ、エンジンが止まってしまった。バックミラーを見ると、後続の車が沢山見える。左車線を見ても、車が矢のように走っている。

 目を瞑り、祈る気持ちでエンジンのスタートボタンを押すと、幸運にも動いてくれた。よって、左車線に移り、某店舗の玄関と歩道との間に車を止め、次のシミュレーションを考えたのである。目的地まで10分少々の所である。

 このまま会食場へ運転すべきか否か、数秒間に頭の中では天秤がモールス信号の如く揺れ動いたのだった。結論は、もう一度エンジンをスタートさせ、先ほど、道向かいに見えていた民家の駐車スペースに行き、レッカー移動を待つことに・・・。

 これまた幸運にも、二度目のボタンでエンジンがスタートしてくれた。しかし、回転数が上がらず、瀕死の状態のようだ。方向指示器を右にして、後続の車を制し、中央線をまたぎ、その民家横の駐車スペースへと、やっとのこと辿り着いたのである。

 これで、国道3号線の中央での立ち往生からは脱れられ、後は、ディーラーや保険会社への連絡、更に、約束していた時間を30分ほど遅れるというメールを友人に送らねばならない。

 ディーラーの担当者が電話に出てくれた。直ぐに保険会社の担当者と連絡先を教え、頭の中は、シマルテーニョスリーにレッカー車の手配やその後の流れをシミュレートしていた。電話が終わり、民家の家主さんへ断りの挨拶をすることに。

 ドアフォンを3回ほど鳴らした。そこに現れたおばあちゃん。手短に、これまで経緯を話して、レッカー車が来るまで、駐車場に預けて貰うことになった。とても人懐こいおばあちゃんで、こちらから聞かぬことまで話が延々と続いていった。

 一礼をして車に戻り、スーツケースやらコートやら、カメラやらを持ち、予約していたタクシーに乗り込み、会食場へと向かったのである。結局、友人と最初に約束していた時間・・・丁度、午後6時半に到着したのである。

 僅か1時間の出来事ではあるが、筆者にとっては半日ほど時間が経ったように思えたのだった。事故なく、滞りなく手配が完了し、気づけば、定刻に会食場の玄関に立っている。すこぶる長いようで短い、不思議な1時間であった。

 翌日に、そのおばあちゃんの自宅を訪ね、手土産と手紙を渡してご挨拶をしたのである。「挨拶はよかけん!土産はいらんけん!」と言っていたおばあちゃんだったが、土産のペイパーバッグを開ける時の笑顔がたまらない。筆者も「笑」を貰ってしまった。

 以下は、蛇足ながら、おばあちゃんへ手渡した手紙である。最近は、「向こう三軒両隣」という言葉も死語となっており、殺伐とした時代になったものだと思っていた筆者であったが、今回の心温まるおばあちゃんの優しさが有り難かった。

 されど、一昨日は「九死に一生を得る」というように、極めて稀なラッキーデーだったのだろうと思うばかりである。


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文責:西田親生

           

  • posted by Chikao Nishida at 2020/2/21 02:39 am

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