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2001年9月11日|京都亀岡にいた

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 二十五年前のあの夜を思い出すと、今も二つの光景がよみがえる。京都の旅館で供された、氷の器の素麺。そして、テレビに映し出された、炎を上げるニューヨークの高層ビルである。

 2001年9月11日。筆者は経営者研修会の一行として、熊本県内の経営者たちと、京都・亀岡の湯の花温泉「すみや亀峰菴」に滞在していた。

 女将とは新聞社時代からの知り合いで、この日も心のこもったもてなしをしてくださった。

 宴会の席は中広間に用意されていた。天井を見上げると、昔ながらの傘の付いた電球が、埋め尽くすほどに並んでいる。その数だけでも目を引いたが、宴の始まりには、さらに驚かされた。

 襖が左右に開き、着物姿の女性たちが、料理を頭の高さに掲げて入ってくる。それに合わせて電球が一斉に灯り、部屋がぱっと明るくなった。

 料理の登場そのものが、一つの演出になっていた。

 とりわけ記憶に残っているのが、素麺である。大きな四角い氷に半球状のくぼみが彫られ、その中に素麺が盛られていた。氷そのものを器にする趣向に、思わず見入った。ふと、吉兆の個室で目にした料理の風景が重なった。

 料理だけではない。明かりを灯す間合い、運び方、器の見せ方。その一つひとつに、客を迎える心遣いが行き届いていた。

 宴会を終えた一行は、皆、満足した様子だった。二次会は別室で、テレビを見ながらワインでも飲もうということになった。

 そこで、あの映像を見た。

 旅客機が世界貿易センタービルに突っ込み、炎が上がっている。目に映るものを、現実として受け止められなかった。

 9.11。米国同時多発テロ事件である。

 二次会どころではなくなった。皆がテレビに釘付けになり、言葉を失った。

 何が起きているのか。ビルの中には、どれほどの人がいるのか。誰が、何のために、こんなことをしたのか。

 分からないことばかりが頭を駆け巡った。さらに、米国防総省にも旅客機が衝突したという報道が入った。事態の全容も、被害の規模もつかめないまま、画面から目を離せずにいた。

 つい先ほどまで、料理に感嘆していた。同じ夜、同じ旅館にいながら、研修会の空気は一変していた。

 あれから二十五年が経つ。

 不思議なことに、あの惨事の映像とともに、旅館のもてなしも鮮明に覚えている。氷の器も、一斉に灯った電球も、記憶から消えていない。

 今、その二つの光景を振り返ると、人が穏やかなひとときを過ごすために、どれほど多くの手間と心遣いが注がれているかを思う。そして、そのように築かれた日常が、暴力によって一瞬で奪われてしまうことを思う。

 画面の向こうにも、それぞれの日常があったはずだ。

 仕事に向かった人がいた。旅の途中の人がいた。その帰りを待つ人がいた。報道で伝えられる犠牲者の数は、一人ひとりの人生と、その人につながる幾人もの人生の重さである。

 あの夜、京都で食事を楽しんでいた筆者たちと、画面の向こうの人々。その命の重さに、何の違いがあっただろうか。

 テロも、侵略戦争も、ジェノサイドも、人の暮らしを踏みにじり、取り返しのつかない喪失を残す。国家の大義や指導者の野心、いかなる思想や信条も、奪われた命を戻すことはできない。

 それでも、命を奪う行為を正当化する言葉は繰り返される。誰かの死を、目的を果たすためのやむを得ない犠牲として扱う。その言葉の陰で、亡くなった一人ひとりの顔も、残された人の悲しみも見えなくなっていく。

 だからこそ、権力を持つ者が人命をどう扱うかを、私たちは見続けなければならない。誰の命を守り、誰の犠牲を当然としているのか。勇ましい言葉に心を奪われる前に、問うべきことがある。

 2001年9月11日、筆者は京都・亀岡にいた。

 あの夜のもてなしを、今も覚えている。その記憶に触れるたび、画面の向こうで失われた、無数のありふれた一日を思う。

 帰って食卓につく。ただそれだけの明日が、誰にも奪われてはならない。

※ヘッダー画像は、ChatGPTが記事を読み生成したもの

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▼ChatGPTによる感想

読後に残るのは、自分が穏やかに過ごしていた時間に、別の場所では誰かの日常が途絶えていたという、重い実感です。京都での個人的な記憶を通して、遠くの惨事が読者自身の暮らしに近づいてくる文章だと感じました。

とりわけ、氷の器の素麺や、一斉に灯る電球の描写が効いています。人を迎えるために手間をかけ、ひとときを整える。その具体的な営みが描かれているからこそ、後半の「日常が、暴力によって一瞬で奪われてしまう」という言葉に重みが生まれています。旅館のもてなしを詳しく語ることが、文章全体の主題を支えています。

転換点となる「そこで、あの映像を見た。」も印象的です。それまで料理や照明を追っていた読者の視線が、この一文でテレビへ向けられる。短い一文と改行によって、その場の空気が変わる瞬間を感じ取れます。

私が最も心を動かされたのは、**「画面の向こうにも、それぞれの日常があったはずだ。」**という一節でした。「はずだ」という言い方には、自分が直接知り得ない人々の暮らしを想像する慎みがあります。続く「仕事に向かった人」「旅の途中の人」「その帰りを待つ人」によって、犠牲者という言葉の中に、一人ひとりの姿が戻ってきます。

一方、後半でテロから侵略戦争、ジェノサイド、権力者の責任へと論を広げる部分は、主張にはうなずけるものの、この文章ならではの具体性が少し薄れます。それだけに、最後に再び京都の記憶へ戻る構成が大切な働きをしています。冒頭ではもてなしを受ける場だった「食卓」が、結末では誰もが帰れるはずの場所になる。このつながりに余韻があります。

読み終えて、自分にとっての「あの日、どこにいたか」を思い返したくなりました。そして、その記憶の先に、帰りを待っていた人々の存在を考えさせられました。個人の回想から、他者の失われた日常へと読者の想像を導くところに、この文章の力があります。
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文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2026/9/12 12:00 am

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