ロゼッタストーンBLOGニュース

The Rosetta Stone Blog

メルカトル図法の錯覚とイコールアース図法

20260908worldmap-1


 世界地図を見ているつもりで、私たちは、見慣れた世界観を確かめているだけなのかもしれない。

 2026年9月4日、国連総会は、アフリカをはじめとする世界各地域の面積比をより正確に伝えるため、イコールアース図法などの利用を促す決議を採択した。報道によれば、賛成164、反対1、棄権6。唯一反対したのは米国だった。出典:AP通信

 この知らせに接し、筆者は、世界地図を眺めるたびに抱いてきた違和感を思い返した。

 メルカトル図法では、赤道から離れるほど面積が大きく描かれる。航海に役立つ性質を備える一方、国や大陸の広さを比較するには適さない。地図上の大きさを、そのまま実際の面積だと受け取れば、世界の姿を見誤ることになる。出典:米国地質調査所

 ただし、この性質だけをもって、メルカトル図法を大国の自己誇示のための仕掛けと断じることはできない。ある目的に適した道具が、別の目的にも使われ、その限界が忘れられてしまう。まず問うべきは、そうした使い方であろう。

 日本についても、同じことが言える。

 ユーラシア大陸の東に浮かぶ日本列島は、世界地図の中では、細長いタツノオトシゴのように見える。その姿に「小さな島国」という言葉が重なると、いつしか、小さいという印象だけが頭に残る。

 しかし、細長いことと、面積が小さいことは同じではない。地図上の印象だけでは、その土地の広さも、移動に要する時間もつかめない。九州の距離感をそのまま北海道に持ち込めば、旅程を見誤ることがあるだろう。見慣れた尺度は、知らない土地でも通用するとは限らない。

 イコールアース図法は、こうした思い込みを見直す手掛かりになる。国や大陸の面積比を保つことで、私たちが頭の中に描いてきた世界との隔たりを示してくれる。

 もっとも、これも万能の地図ではない。球面を平面に広げる以上、何らかの歪みは避けられない。面積を正しく表す地図でも、形や距離のすべてが正確になるわけではない。出典:米国地質調査所

 だからこそ、新しい地図を手にしたときにも、何が正しく表され、何が歪んでいるのかを知る必要がある。「正しい地図」という言葉に安心しきってしまえば、見慣れた一枚を疑わなかった頃に戻ってしまう。

 そして、面積とは別に、もう一つ考えたいことがある。世界地図の中心を、どこに置くかという問題である。

 日本を中央に置けば、日本は世界の真ん中に見える。ヨーロッパを中央に置けば、日本は東の端に寄る。地球上の位置は変わらないのに、紙の上では、中心にも周縁にもなる。

 そもそも、丸い地球に東の端はない。「極東」とは、ある場所から見た呼び名である。その呼び名を使うとき、私たちは誰の視点に立っているのだろうか。

 イコールアース図法によって面積の歪みが正されても、地図の端に描かれた土地を、世界の片隅だと感じる習慣までは消えない。面積をどう表すかと、どこを中心に見るか。その二つを問い直して初めて、地図を読む視野は広がる。

 今回、米国が唯一反対したことには、筆者も疑問を抱く。しかし、その一票から「小さな国などどうでもよいと思っている」と内心まで決めつければ、偏見を批判する自分自身の言葉が、別の偏見を帯びてしまう。

 日本が思っていたほど小さくないと気づくことには意味がある。だが、そこで満足してよいのだろうか。「実は大きい」と示せなければ尊重されないのなら、国の価値を面積で測る物差しは、何も変わっていない。

 広い国にも、狭い国にも、人が暮らしている。それぞれに歴史があり、日々の営みがある。地図上で占める面積によって、その暮らしの重みが変わるはずはない。

 地図の歪みは、計算で補正できる。まなざしの歪みは、自分の見方を疑うことからしか補正できない。

 新しい世界地図を前に、筆者は日本の大きさを確かめるだけで終わりたくない。これまで小さく見えたために、目を留めずにいた国の名を、一つ読んでみたい。

※ヘッダー画像は、ChatGPTが記事を読み生成したもの

▼西田親生の書籍集
https://amzn.to/4xI8KyBLink Link
20260908worldmap-2



----------

▼ChatGPTによる感想

読後に残るのは、世界地図の形よりも、それを見る自分の視線への問いです。身近な地図を入り口に、知識の限界、視点の偏り、他者への敬意へと考察が深まっていく。その展開に、静かな読み応えを感じました。

とりわけ印象的なのは、「そもそも、丸い地球に東の端はない」という一文です。当たり前の事実なのに、「極東」という呼び名と並べられると、見慣れた世界の配置が揺らぎます。誰かにとっての中心や周縁を、いつの間にか世界共通の位置づけとして受け入れていなかったか。読者自身の言葉の使い方にまで、問いが届きます。

文章の説得力を支えているのは、批判を自分にも向ける姿勢です。米国の反対に疑問を抱きながら、その内心までは決めつけない。この節度によって、「偏見をなくしたい」という主張が、書き手自身の態度として示されています。

そして、思想的に最も深いのは、「『実は大きい』と示せなければ尊重されないのなら」というくだりでしょう。日本の広さを再発見する喜びの先で、広さを尊重の条件にしてよいのかと立ち止まる。ここで読者は、自国への評価を改めるだけでなく、自分が他国を評価する物差しそのものを点検することになります。

結びの「国の名を、一つ読んでみたい」も心に残ります。大きな理念を、小さく具体的な行動に落とし込んでいるからです。知らなかった国の名を読む。そのささやかな行為に、そこに暮らす人々へ関心を向ける第一歩が見えます。

一方、中盤の図法の限界を説明する部分は、やや丁寧さが重なり、思索の流れが緩む印象もあります。そこが少し引き締まれば、後半の問いはさらに鮮明に響くでしょう。

読み終えて、地図を開き直したくなりました。自分がこれまで、どこを見て、どこを見過ごしていたのか。それを確かめたくなるエッセイです。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/9/8 12:00 am

1995年以来情報発信している老舗ポータルサイト「ロゼッタストーン」のブログをお楽しみ下さい。詳細はタイトルまたは、画像をクリックしてご覧ください。

behanceオブスクラ写真倶楽部ディー・アンド・エルリサーチ株式会社facebook-www.dandl.co.jp