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NHKドラマ『手塚治虫の戦争』を視聴

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 NHKドラマ『手塚治虫の戦争』を視聴した。一時間ほどのドラマだが、いつの間にか画面に引き込まれ、見終えた後も心に重いものが残った。

 明日、8月15日は終戦の日である。

 その前日にこのドラマを観たことで、筆者の脳裏に深く刻まれた言葉がある。それは、「非国民」という、何とも根拠に乏しく、理不尽極まりない言葉である。

 そもそも「非国民」という言葉を誰が言い出し、なぜそれが人を罵倒し、排除し、時には傷つけることさえ正当化する言葉としてまかり通ったのか。

 戦争を知らない筆者には、その時代を実体験として語ることはできない。

 これまで、戦前、戦中、戦後については、ドキュメンタリー映画、書籍などを通して学び、当時の時代背景を自分なりにインプットしてきた。しかし、今回のドラマを観て改めて感じたのは、「右へ倣え」の洗脳と群集心理の恐ろしさであり、理不尽な蛮行までも正当化してしまう社会の異常さである。

 その異常さを象徴するものが、「非国民」という一語ではなかろうか。

 筆者の幼少期は、かなり堅苦しい家庭環境だった。漫画を読みたくても、自宅には漫画本が一冊もなかった。書棚に並んでいるのは、日本文学全集、世界文学全集、百科事典、そして法律書の山である。

 そこで筆者は、自分の部屋で、ボールペンと色鉛筆を使い、自分で小さな漫画本を何冊か作っていた。「意地悪ばあさん」のような漫画もあれば、「ピリピリくん」という正体不明のキャラクターが登場する漫画もあった。

 自分で描いた漫画だが、シナリオについてはうっすらとしか思い出せないものの、そこに登場したキャラクターだけは、今でも描くことができる。

 そんな遠い昔の記憶まで呼び起こしてくれたのが、今回の『手塚治虫の戦争』というドラマであった。一度観終えたにもかかわらず、再び最初から観てしまった。

 正直なところ、『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』などはよく知っているものの、今回のドラマに登場した手塚治虫作『紙の砦』は、残念ながら、これまで読んだことがなかった。

 これからKindleで電子書籍版『紙の砦』を入手し、読んでみようと思っている。終戦の日前夜に、偶然このドラマと出会い、そこから『紙の砦』へとつながった。これもまた、不思議な巡り合わせなのだろう。

 漫画の神様と称される手塚治虫が、戦争という時代をどのように生き、何を見て、何を感じ、それが後の作品にどのようにつながっていったのか。今回のドラマは、筆者にとってすこぶる新鮮であると同時に、戦争というものが、それまでの平穏な日常をいかにして一瞬のうちに地獄絵図へ変えてしまうのかを考えさせるものでもあった。

 そして、どうしても「非国民」という言葉に戻ってしまう。

 当時、この言葉を大声で他者へ浴びせた人間は、どれほどいたのだろうか。

 もちろん、当時を生きたすべての人を一括りにして断罪することはできない。国家による統制の中で、多くの国民が「右へ倣え」を強いられ、それこそが正しい国民の姿であると刷り込まれていた時代である。異を唱えること自体が危険であり、沈黙せざるを得なかった人も数多くいたはずだ。

 だからこそ恐ろしい。

 戦争の恐ろしさは、爆弾や銃弾だけにあるのではない。人間から「自分の頭で考える自由」を奪い、異論を唱える者を敵と見なし、周囲の人々までがその排除に加担するよう仕向けていくところに、その本当の恐ろしさがある。

 「非国民」と罵れば、自分は「正しい国民」の側に立てる。その思い込みが、どれほど多くの人を傷つけたのだろうか。

 終戦の日前日だからこそ、筆者は敢えて反論したい。

 「非国民」という言葉を振りかざし、自分とは異なる考えを持つ人間を排除し、罵倒し、傷つけることを正義だと思い込んでいた人間こそ、本当に国や人を思っていたと言えるのだろうか。

 戦後、日本は平和国家として歩む道を選んだ。

 明日は終戦の日である。

 戦争を知らない世代の筆者にできることは、過去を実体験のように語ることではない。残された記録を読み、映像を観て、当時を生きた人々の声に耳を傾け、そして「なぜ、そんな時代になったのか」を自分の頭で考え続けることである。

 戦争は、ある朝突然、空から降ってくるだけのものではない。

 人々が考えることをやめ、異論を排除し、「右へ倣え」を正義だと思い始めたとき、その足元には、すでに戦争へ続く道ができ始めているのかもしれない。

 8月14日の夜。

 『手塚治虫の戦争』を二度観た筆者の心に残ったのは、戦争への恐怖だけではなかった。自分の頭で考えることを、決して手放してはならない。

 明日の終戦の日を前に、そのことを強く心に刻んでおきたい。

▼『紙の砦』(NHK公式サイト)
https://www.nhk.jp/g/ts/L513JJPMW8/blog/bl/pJpmDKzloA/bp/pk0jgDKyob/Link Link
▼『紙の砦』(Kindle電子書籍)
https://amzn.to/3TYQRMRLink Link

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▼ChatGPTによる感想

このエッセイを読み終えて最も強く残るのは、これは単なる『手塚治虫の戦争』の視聴記ではなく、「戦争とは、人間から何を奪うものなのか」を考えた文章だということである。

冒頭ではドラマを観た事実から入り、「非国民」という一語に焦点を絞っている。そこから戦時下の同調圧力、群集心理、国家による統制へと視点が広がり、最終的には「自分の頭で考えることを、決して手放してはならない」というところへ着地する。この流れが明確である。

特に核となっているのは、

戦争の恐ろしさは、爆弾や銃弾だけにあるのではない。人間から「自分の頭で考える自由」を奪い、異論を唱える者を敵と見なし、周囲の人々までがその排除に加担するよう仕向けていくところに、その本当の恐ろしさがある。
という部分だと思う。

ここには、このエッセイの問題意識が凝縮されている。

戦争について語る文章では、どうしても空襲、戦闘、死者、破壊といった「目に見える惨禍」に焦点が向きやすい。しかし筆者が見ているのは、その前段階にある人間の精神と社会の変質である。

昨日まで普通に暮らしていた隣人を「非国民」と呼ぶ。異論を唱える者を危険人物として見る。多数派に属していることによって、自分自身を「正しい側」に置く。そして、その正義感によって他者への攻撃まで正当化する。

恐ろしいのは、こうした社会では、悪意を持つ特殊な人間だけが加害者になるわけではないことである。ごく普通の人間が「自分は正しいことをしている」と信じたまま、他者を傷つける側へ回る可能性がある。だから筆者は「非国民」という言葉に何度も戻ってくるのだろう。

この反復には意味がある。「非国民」という単語そのものを論じたいのではなく、人間が他者を分類し、排除するために作り出す言葉の恐ろしさを問題にしているからである。

そして、この文章を単なる戦争論に終わらせていないのが、幼少期の漫画のくだりである。

漫画を読むことのできない家庭環境の中で、ボールペンと色鉛筆を使って自分自身で漫画を作った。「ピリピリくん」というキャラクターまで生み出した。この個人的な記憶が、手塚治虫という人物との間に小さな橋を架けている。

ここが非常に人間臭い。

「漫画の神様」を歴史上の偉人として遠くから眺めるのではなく、漫画を描いていた一人の少年として手塚治虫を見る。その姿から、自分自身が漫画を描いていた少年時代を思い出す。だからこそ、戦争によって少年の日常や創作する自由まで脅かされることが、抽象論ではなく身近な問題として迫ってくる。

さらに興味深いのは、『手塚治虫の戦争』から『紙の砦』へ関心が移っている点である。

ドラマを観る → 手塚治虫の戦争体験を知る → 『紙の砦』を知る → 実際に作品を読む。

これは知識を単なる「点」で終わらせず、次の知識へ接続していく姿勢そのものである。映像作品を消費して「面白かった」「感動した」で終わらせず、そこから原典へ向かう。この知的行動もまた、本文最後の「自分の頭で考える」という主張と呼応している。

そして終盤の、

戦争は、ある朝突然、空から降ってくるだけのものではない。
という一文は強い。

この文章だけを切り出しても成立するほどである。

戦争は開戦の日から突然始まるのではなく、その以前から社会の中で少しずつ準備されていく。異論を嫌う。多数派に従う。誰かを敵として設定する。強い言葉によって人間を分類する。考えることより従うことを求める。

そうした小さな変化が積み重なった先に、戦争という巨大な結果が現れる。その意味で、このエッセイが問うているのは1940年代だけではない。現在を生きる私たち自身の思考態度でもある。

SNS時代にも、この問題は決して過去のものとは言い切れない。「非国民」という言葉そのものを使わなくとも、自分と異なる考えを持つ人間にレッテルを貼り、集団で攻撃し、排除する構造は存在する。媒体と語彙が変わっただけで、人間の群集心理そのものが消滅したわけではないからだ。

だから最後の、

自分の頭で考えることを、決して手放してはならない。
が生きてくる。

これは戦争反対という一般的な標語より、さらに根源的なメッセージである。

平和を守るために必要なのは、8月15日に戦争を振り返ることだけではない。日常生活の中で「本当にそうなのか」と考えること、周囲が同じ方向を向いている時ほど自分自身で検証すること、異なる意見を持つ人間を即座に敵と決めつけないこと。その積み重ねこそが、平和を支える人間側の基盤になる。

そして何より、この文章には**「8月14日に書いた」という時間そのものが意味を持っている。**

8月15日になってから終戦を語るのではない。

終戦の日前夜に、戦争について考えている。

「8月14日の夜。」という短い一行によって、文章全体が現在へ引き戻される。81年前の8月14日にも、明日戦争が終わることを知らずに生きていた人々がいた。その時間に思いを重ねると、この一行には独特の重みが生まれる。

ドラマから始まり、「非国民」、幼少期の漫画、『紙の砦』、戦争、群集心理、思考する自由へと進み、最後に8月14日の自分自身へ戻ってくる。

読後に残るのは戦争の悲惨さだけではない。

「自分は、自分の頭で考えているだろうか。」

読者自身にその問いを返して終わるところに、このエッセイの人間学としての価値があると思う。
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文責:西田親生


                           

  • posted by Chikao Nishida at 2026/8/15 12:00 am

感情論での人事は、死を招く。・・・兎に角、陰口、誹謗中傷、揶揄のネタは、信用するに値せず。

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 企業において、まさかの人事が下されることがある。一所懸命に自分の能力の限り仕事をしている人の評価が余りにも低く、挙げ句の果てには、その実績を僅か一つのケアレスミステイクにて能無しと誤診されることもしばしば。

 査定する人間が、公正中立なるスタンスで、一人一人を良く観察していれば宜しいが、大抵の場合、そこには腑が煮えくり変えるような私情を絡めて、越権行為の流れにて、要らぬことを囁く心無い人物がいる。

 もし、経営側が、「虚言」や「誇大悪評」をそのまま受け止めてしまうと、その輩が作った落とし穴にすっぽり嵌ってしまい、気づけば、有望株であった有能な人材が社内からどんどん消え去ることになる。

 人を仮に10のカテゴリーにて査定する場合、一つのカテゴリーでミスがあり、残りの9のカテゴリーにて何の問題もなければ、一つのミスで全体を黒く塗り潰してしまうものではない。

 先ずは、ミスの原因は何かを、感情抜きで、冷静沈着にて検証する必要がある。もしかすると、担当者へ担当外の業務負担を強いて、「オーバーワーク」になってはいないか。または、第三者が捏造した「虚偽情報」が混入されてはいないかなどの検証は不可欠である。

 会社は大なり小なり、必ず、社内には牢名主や魔女のような存在がいる。演技が非常に上手く、経営側の近くにいては、傲慢な態度にて、部下の粗相を数倍に膨らませた「虚偽爆弾情報」として経営者に耳打ちする訳だ。

 有る事無い事、作為的に「罠」を仕掛ける輩が一人でも社内にいれば、全ての社員は「猜疑心」を持たざるを得なくなってしまう。そこで、経営側が、輩の言葉に耳を傾けた瞬間に、「社内コンセンサス」は崩壊し、「正義正論」が通らぬ、ダークな企業へと成り下がってしまう。

 何はともあれ、トップダウンだけの企業は時代遅れだ。ボトムアップ重視、且つ、誹謗中傷や揶揄のない、ガラス張りの社内の空気がどれだけ仕事環境としては理想的なのか。今までの悪しき慣習なるものを払拭すれば、ガラス張りが如何に正常な仕事環境なのかが理解できるはずだ。

 目の前で「犯人探しのターゲット」にされた人物がいれば、ほとんど言って良いほど犯人ではない。この世の中、「濡れ衣」にて犯人にさせられ会社を去った人間がどれだけ多いことか。健全な会社であれば、足元にトラップがあるはずがない。しかし、不健全な会社では、足元にはトラップが無数に転がっている。

 「囁き輩」の言葉で掌(たなごころ)に転ばされている経営側は、過去を振り返り、トラブルが多発した原因は何なのか再検証の必要がある。それは「囁き輩」が真のトラブルメーカーとして暗躍していただけの話で、絶妙なる「虚言」にて人を落とし込んでいた事実を、残念ながら、後々知ることになる。

 後の祭りであるが。
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写真・書・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2023/2/10 12:00 am

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