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ここ一番の時に、周囲の人たちの本気度が判る。・・・口先だけの人、親身になって動いてくれる人など。

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 プライベートでもオフィシャルでも、人生において、いろんなトラブルに巻き込まれることがあるが、ここ一番の時に、周囲の人たちは大きく分けて三通りの人たちに分かれてしまう。

 一つは、無関心を貫き、関与を避ける人。一つは、口先は達者だが、実際に動いてくれない人。そして、一所懸命にサポートしてくれる人である。

 ここ数年、大手ホテルによる名誉毀損、契約不履行やパワハラ事件であったり、著作権侵害であったりと、想定外のトラブルに遭遇したが、熊本地震やコロナ禍などの影響もあり、全てがネガティブ要因となっている。

 上述の三種の人たちの中で信用ができないのが、二番目の口先だけの人たちである。公然といい格好しながらも、腹の底では何を考えているのか分からない。そんな人が多い。

 人間、胸筋を開いて本音を語れば、ほとんどの人たちは理解してくれる。しかし、口先だけの人たちは、理解したふりをするが、ポジティブに動くようなことは一切ない。空約束ばかりだ。

 期待していると、時間ばかりが経ってしまい、その空約束にて無駄なエネルギーを消耗するだけで、前向きな変化を齎すこともなく、逆に、プライベートでもオフィシャルにも支障のオンパレードとなる。

 このような人たちが狡賢く善人ぶるのは、厚顔無恥なる証拠。だったら、最初からホラを吹いたり、格好つけたり、虚栄を張ったりするのは演技として拝見するだけで、初手から期待しないことである。

 挙げ句の果てに、都合が悪くなると音信不通という一方通行のレールが敷かれ、寸断される。ヒューマンコミュニケーションの最悪のシナリオだが、そのようなトラブルは日常茶飯事となっている。

 先般も捌ける企業オーナーの話をしたけれども、多忙極まりない状況下であると推察するが、その方は、完璧なる『有言実行』の鑑のような人物だ。ビジネスを共有して良かったと胸を撫で下ろす、今日この頃である。

 以上のように、ここ一番の時に、周囲の人たちのリアクションが全てを物語ると言っても過言ではない。相手に分からんだろう、気付かれんだろうと高を括っている人たちは、信頼に値しない人であり、今後のフィルタリング対象となってしまう。

 数日前に書簡を投函する必要があったので、その書簡にも、『誠意』が全てを好循環にする旨の言葉を投げ掛けたのであった。

 蛇足ながら、上司と部下の信頼関係について話をしておきたい。筆者の思う理想的な上司の在り方として、上司が部下へ、以下の言葉を投げ掛けれる環境であれば、双方に信頼が芽生えるのではなかろうかと。

 『上司が居る前では、堂々とサボりなさい。居ない時こそ、会社を守るために粉骨砕身にて業務に傾注せよ!』と。

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文責:西田親生

                 

  • posted by Chikao Nishida at 2022/12/4 12:00 am

自分が幸せなら、人も幸せにできる!

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 人の幸福感は千差万別。

 食べ物で飛び上がって喜ぶ人、絶景を眺めながら絶叫する人、恋人と一緒に過ごすひと時にまったりする人、趣味に集中してニンマリする人、純愛小説を読み終えてウルっとする人、愛車を運転して心地よさに包まれる人、五つ星ホテルに滞在してゴージャスさにうっとりする人、家族の健康を確認してホッとする人・・・人、それぞれである。

 それぞれに幸福感の色なり質なり深さなりが異なるが、その人なりに満足するものがあれば、それで十分幸福だと言える。

 ここで、「幸」の語源を紐解くと・・・平たく言えば、「運良く自由である」ということになる。それが長い歳月を経て、現在の「幸運」とか「幸福」という熟語となっている。よって、現在は、人の心を思いのまま集中させ、更に、心を解きほぐしてくれるものが「幸」となる。例えば、都会の喧騒から逃れ、大自然の中に身を投じるのも、一つの「幸」となる。所謂、瞬間移動を行い環境を変えることで、リフレッシュできるという幸福感である。

 人は、自分一人で幸福感に浸ることができる人も居るには居るが、その幸福感を共有することで、それは数倍増することになる。そこに、素晴らしい対人関係が介在すれば、もっと大きな幸福感を得ることが可能となる。畢竟、幸せ一杯の自分自身があれば、それは自然と言葉にも表情にも滲み溢れ、対人関係がより一層素晴らしいものへと育って行く。つまり、幸福感の共有があれば、相手も自ずから幸せになるというポジティブな連鎖反応が生じる訳だ。

 日頃からの自分自身の背中をじっくりと客観的に見てみよう。背中を見て、笑い転げるほど楽しかったら、その人は「幸」を持っていると言える。・・・きっと、人を幸せにできる何かを持っていることに・・・。万が一、持っていないとすれば・・・先ずは、自分自身が「幸」を得るように、生き方を変えてみたらどうだろうか。それも、意地汚く、人を騙したり、人を見下したりの醜態を曝け出すような捨て鉢な手法ではなく、人を尊び大切にするベクトルで動かれては如何だろうかと。

「幸」とは、独占して自慢するようなものではなく、皆と共有して、はじめて「幸」となるものである。


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  • posted by Chikao Nishida at 2016/8/26 12:00 am

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