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他人様を好き嫌いで判断すると、仕事が逃げて行く!

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 これは自戒を込めて、且つ、周囲をじっくりと見渡しての話。それは、「他人様を好き嫌いで判断すると、仕事が逃げて行く!」ということである。

 ハリセンボンのようで「カミソリ」とあだ名された頃の筆者は、勿論、若気の至り云々で言い訳はしないが、負けず嫌いで、尖り過ぎた自分が余り好きではなかった。よって、誤解を招きやすく、勘違いされた結果、仕事の縁が切れたものが、幾つかあったように思えてならない。まあ、自業自得だが。

 まさしく、「他人様を好き嫌いで判断すると、仕事が逃げて行く!」の典型である。実は、好き嫌いという漠然とした基準ではなく、善人か否かで直感的に決めてしまうので、どうしても、善ではないと判断すると、即、その接点を切りたくなる。さっさとその場から退散し、空気の旨いところで深呼吸するのである。また、父の仕事の関係で、数年に一度の転校生(小中高2つずつ)だったので、自分なりに気丈に生きてきた結果が、これなのかも知れない。

 自己評価はこれくらいにして、話は「他人様を好き嫌いで判断すると、仕事が逃げて行く!」に戻すことに。これは、地方の狭い領域では、その傾向は隠し難いほど、わんさと存在する。昔から、「人の噂も七十五日」という諺があるけれども、田舎に至っては、それは通用しない。延々と悪い噂が、蛇花火のようにニョキニョキと伸びて行く。悪さもしていないのに、陰で悪人に仕立てられ、「悪事千里を走る」のベクトルへと・・・。

 人は勝手なもので、自分を正当化し、自分以外の人には全く関心がない。時には、サービス業の最高峰となるホテル業においても、思いの外、壁の向こうでは蛇花火で揶揄遊びしている人も少なくはない。例えば、苦手な常連客でも玄関から入ってくると、サッと姿を消す人間もいる。お客の噂を面白おかしくするなんぞもっての外だが、田舎では平気で目の前にいない人の噂話に花が咲く。酷い時には、三尺玉の花火を打ち上げるほど、盛り上がっている。

 よっぽど暇なのか、噂のターゲットとなる人物が苦手なのか、嫌いなのか、とことん馬鹿にして鬱憤を晴らしたいのか知らないが、捏造されたルーモアを第三者へ、糸電話ゲームで伝達して行く訳だ。大都市部であれば、有名人へのパパラッチやストーカーは仕方ないが、一般社会人の間では、上記のような愚行を日々繰り返す暇な人はいない。万が一、蛇花火男が居たとしても、誰一人として耳を貸さず、相手にしない。

 田舎は、怖い。本当に、怖い。「あの○○さんだったか!?」と、噂の雨霰。「あの社長は最近ボケて、もう先は無かろう!」と平気で言う人がいる。よく見ると、その人の方が断然老けており、以前の姿を想像できぬほど痩せ細っている。口は災いの元。まあ、悪さをしたり、脛に傷ある人間は、プロパガンダ的に周囲を悪人に仕立て、自らの正当性を唱えたいのかも知れないが、余りにもお粗末としか言いようがない。

 つい最近の話だが、名刺を渡して、名刺をくれなかった人がいた。筆者よりも若いけれども、どれだけ偉いのかと調べると、なるほど会社労務管理のおっさんである。名刺交換のマナーもダメダメで、話し振りも味がない。流石に、人を弄る部署にいる人間のようで、目が笑っていなかった。実は、その人物が若い頃から知っているけれども、そこまで豹変するのかと、自分の目を疑い、腰を抜かすほど驚いてしまった。

 最後に、すごい噂話を思い出したので、ここで披露しておきたい。私事ばかりで申し訳ないが、27年前に母が若くして他界したのだった。糖尿からの合併症で絶命したが、葬儀が終わり、筆者はその日から酒を完全に止めることにした。ところがである。それから数ヶ月経ったろうか、夜の帳から筆者のことを「最近、肝臓を悪くして、入院したらしく、瀕死の状態らしいよ。」との事だった。まあ、話題にしてもらっただけでも有難いが、人の噂とはこのように、実に陳腐なものである。


▼とろとろ卵の玉天丼(熊本ホテルキャッスル ランチ)
TOROGORO202206-01


▼料理長からの贈り物
TOROGORO202206-02


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写真・文責:西田親生

               

  • posted by Chikao Nishida at 2022/6/19 12:00 am

ここ一番の時に、人は本性を現わす・・・

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 助けてくれる人、見捨てる人、難癖つけて逃げる人・・・これが、世の中である。

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 誰しも、自分が思うように物事が動かないことがある。筆者も、半生を振り返れば、山あり谷あり、紆余曲折の時を耐え忍んできたように思えてならないが、情けないやら、今も尚、現在進行形である。

 人生は、死ぬより生きる方が険しく大変だと言われるけれども、諸先輩の話を聞けば、なるほどと頷くばかり。その笑顔の奥には、私たちが想像を絶するような苦労も辛抱も沢山あったに違いない。しかし、そこはポーカーフェイスの諸先輩。見事である。(武勇伝を自慢げに語る先輩は除く)

 ここ数年間を振り返るだけでも、タイトルの通り、「ここ一番の時に、人は本性を現わす。」を身に染みて感じたことがあった。善かれと思い一所懸命に仕事をしても、契約先が豹変して難癖つけたり、契約不履行で逃げたり、愕然とすることがあった。

 固い絆であるはずの「信頼」という太いパイプも、一瞬の内に崩れてしまう。その時、その人の言動を冷静に分析すると、これまでにこやかで素敵な人間像であったはずが、嘘のように悍ましい残像として、投影される。

 取材を続けている中で、時折、事前連絡もなくドタキャンが増えたり、根拠もない悪い噂(濡れ衣)を流されたり。コンサル契約を自から依頼しておきながら、突然反故にしたり。敬愛の念も、仕事への情熱も全て嘘であったかのような愚行に触れて、心折れることもあった。

 大切な「信頼関係」であると考えていたが、悪い夢でも見ているような気分である。マグネシウムが一瞬にして燃え上がり、昇華する様とよく似ている。残されたものは、虚無感のみ。これまでの数年間、数十年間というものが、毒々しいフェアリーテールとなってしまう。とても残念なことである。

 上述のように「ここ一番の時に、人は本性を現わす。」に直面した時は、腑が煮え繰り返るほど腹立たしく、何度も何度も唇を噛み締めるが、逆にポジティブに前に前に進むよう、自分に言い聞かせながら尻を叩き続けることにしている。

 目の前を通り過ぎて行った人の中にも、極めて稀だが、人としてありえないほどの「捨て台詞」を置き土産にする人がいた。

 「今まで、いろいろ協力してきたじゃないですか!」、「今まで無理をして、頑張って来ましたよ!」、「優遇してもらったけど、肩身が狭くてダメなんです!」など、恩着せがましかったり、意味不明な言葉が飛び交った。仕事は互いの信義則を礎に成り立つものだが、一方的で的外れな言葉に閉口するばかり。多分に、社内又は家庭内で問題が生じたのだろうと・・・。

 「信頼」とは、距離が近くなればなるほど、礼節を重んじつつも、遠慮なく、敢えて相手の為に苦言を呈したり、冗談なり本音を言える間柄となる。しかし、豹変した人は、お金を支払う方が偉いかのような態度になったり、「恩着せ」という不協和音を放つ。仕事において全く問題はないのに、歪んだ感情的なものが噴き出してくるのだ。

 相手を「信頼」しているからこそ、コンサルとして契約、そして助言ができるが、そこで「恩着せ」を盾に、「実績」を無視することは、難癖や履き違えとしか言いようがない。唐突だが、「愛」と「恋」との違いが頭に浮かぶ。極論ではあるものの、「愛」は対価を求めず、「恋」は対価を求めるということだ。

 よって、「恋」には「失恋」という言葉があり、「愛」には「失愛」という言葉は存在しない。そこに大きな違いが有りはしないかと、筆者なりに考える。分かりにくく、アブストラクトな見解で申し訳ないが、筆者はそう感じてしまうのである。

 自称仕事人の筆者は、受けた仕事は200%でお返しするを常として来た。勿論、その情熱を充分汲み取ってくれる人もいる。時には、「これだけしてもらっても当然!」と、お金を支払う方が如何にも上位であるかのように、段々とその横着ぶりが露呈する人もいる。

 不適切な表現になるが、手首まで食って、更に、肘まで食い、旨かったら、肩まで食ってやろうという、貪欲さというものが滲み出ている訳だ。そこで、貪欲さの対象が見当たらなくなると、さっさと心無い置き土産となってしまう。

 以下は自己反省に基づくものだが、筆者の考え方や遣り方で不味いところは、200%の仕事で恩返しという点である。よって、皆さんが仕事を受ける場合は、契約に基づき、契約外業務まで首を突っ込み、世話をする必要はないということだ。それは、善かれと思い突っ込んだとしても、如何せん、「評価」は無視される可能性は高い。(良い時は良く、悪い時は最悪のレッテルを貼られてしまう)

 勿論、契約相手が人格者であり、互いに共存共栄へ必要不可欠なる間柄としてスクラムを組むのならば、200%と言わず、1000%の気力と能力をもって対応すべきだと考える。

 仕事には「愛」をもって臨み、また、大切な人へは唯一無二なる「愛」のみで勝負するのが一番であると。どんなに否定されようが、どんなに異見されようが、筆者の仕事への拘りやスタンスは、生涯変わることはない。


▼熊本県農業公園カントリーパークの薔薇の花
iyashi20220526


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  • posted by Chikao Nishida at 2022/5/26 12:00 am

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