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全集中できない、平和ボケ人間。・・・他人の話に耳を傾けぬ人間は、その時点で思考はフリーズ、よって、進化はない。

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 聞いて(聴いてではない)いるようで、全く頭に入らない人間がいるが、それは、他人(ひと)の話に、真剣に耳を傾けていないことになる。ただ、他人の声が聞こえているだけで、その内容を理解しようとしていない。

 特に男性の場合は、二つ、三つの事を同時にできる人は少なく、他人の言葉を聴きながら、パソコンを操作したり、プラモデルのパーツを組み立てたり、針の穴に糸を通すことなど儘ならぬ。

 女性の場合は、赤子を背中であやしながら、フライパンで卵焼きを作り、スマホで友達と楽しい会話をしている。元々、左脳右脳間の信号の受け渡しの仕組みが、男性とは異なるようだ。

 また、他人の話を聞き(聴きではない)ながら、目はドロンと濁り、睡魔に襲われる人も少なくない。それは、学びに対するボルテージも上がらず、元々全集中ができない気質の人間となる。

 国会中継を視聴していても、居眠りしている議員をよく見掛ける。会社の会議中でも、指で顎を支え、舟を漕ぐスタッフもいる。緊張感も集中力も微塵もない状態となり、語る他人の姿がぼんやり見えているだけで、耳は完全に遮断されている。

 では、どうすれば、集中力を維持し、突然の睡魔と戦い、勝てるのか!?

 それは、他人の言葉をしっかりと耳にインプットしながら、ひたすら考え、メモを取ることだ。それでも、睡魔が襲うのであれば、腿を嫌というほど抓ってみる。それでもダメなら、初手から会議に参加しないことだ。先般、或る会議を開いたが、残念ながら、メモを取る人間は誰一人いなかった。

 愚痴はさておき、流行語にもなった鬼滅の刃の「全集中」。炭治郎の独り言で何度も出てきた言葉であるが、人間は、戦慄が走るような危機感迫り、恐怖感なりに襲われると、このような睡魔など吹っ飛んでしまう。

 しかし、平和ボケした人間は、日頃から鈍感、無気力、無関心、無感動、ボルテージダウン、モチベーションダウンという酸欠状態の中で全集中できず、重要な情報が竹輪耳に入り、素通りするだけで、脳内に格納されることは無い。

 ここが、捌ける人間と捌けぬ人間との大きな違いでもある。思いの外、自信過剰で自己評価を高めたがる人間は論外となるが、捌ける人間となりたければ、全てに、他人の話にしっかりと耳を傾けること(聴くこと)である。

 捌けぬ人間は、他人からの質問に答える準備に気が散ってしまい(言葉を選んでいる暇は無い)、他人が語る核心部分を見過ごしている。結果的に、完全に理解できないまま、会議は終了となる。

 何はともあれ、少しでも進化したいのであれば、全集中して聴くこと。それから、質問に対して端的に答える訓練を日々行う必要がある。

 これ、捌ける人間となるための、王道なり。


chosakuken2022-6-9


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写真・文責:西田親生

                   

  • posted by Chikao Nishida at 2022/6/26 12:00 am

捌ける捌けぬは、どこが違う!?

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 カメラやレンズを磨きながら、仕事が捌ける人とはどういった人なのか、捌けぬ人はどういった人なのかを考えてみることにした。

 捌ける人は、何と言ってもオーラが違う。いつも元気溌剌で、広角打法にて、色んなことに挑戦している。いっときもじっとしていない。連絡をすれば、リターンはマッハの勢いである。常に先の先を見据えて、仕事に邁進しているのが手に取るように判る。

 捌けぬ人は、常にとろい。言葉や表情に覇気がなく、堂々巡りばかりで、何日、何週間、何ヶ月経っても、前進の兆しも見えない。それが、一端の大人として恥ずかしいことであるとは思ってなさそうだ。いやいや、子供がいる大人であれば、あり得ない醜態だ。

 捌ける人の目はギラギラと光っている。好奇心旺盛で、次から次へと挑戦して、失敗しても、それを取り戻すために再び立ち向かう。どんなに辛くても、笑顔が絶えない。見ている方がワクワクするほど、楽しさいっぱいのオーラが体全体から噴き出している。

 それに反して、捌けぬ人は、目が濁っている。表情も暗く、声のトーンも膜が張った状態だ。負のスパイラルに入り込んでしまえば、自分自身の愚策が原因であるにも関わらず、奇跡的な棚ぼたを待っている。何事も受け身で待っていても、宝が落ちてくるはずがない。

 この負のスパイラルというものは、及び腰の自分自身が意識に埋め込んだものであり、逃げに転じたことへ恥ずべきものである。改善する気力もなく、ただ、時間だけが経つという悪循環。変化もなければ、進化もない。達成への喜びを欲していないのか、理解に苦しむばかり。

 人間は、ある程度の年齢に達すると、完全に守り(逃げ)に入る。それが40代、50代にて守りに入れば、人生そのものは、花畑の中を走り回るように楽しいものではなくなってしまう。自身の弱点を払拭しようと動くこともなく、何年経ってもぐだぐだ言うだけでお仕舞い。

 以上は、捌ける捌けぬは、性格的なもの、育ち、教育、そして周囲の友人関係で決まってくるように思えてならない。優秀な仲間が集っていれば、常に触発される。自力以上を求め、ひたすら努力を重ね、ブラッシュアップして捌ける人へと。見ていて、すこぶる清々しい。

 やはり、一度きりの人生となれば、捌けぬ人よりも、捌ける人になった方が、どれだけ楽しい人生でありはしないかと。まあ、考え方は人それぞれ異なるが、何事も一つ一つの「〆」のある人生を送りたいものだ。これからも諦めず前進あるのみと自分に言い聞かせ、新たな一歩を踏み出せればと・・・。

▼和水町肥後民家村で見掛けた水仙の花
20220318narcissus


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  • posted by Chikao Nishida at 2022/3/18 12:00 am

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