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コンビニのない瞬間・・・あり得ない不便さ

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 台風10号の影響により、物流も含めて、近場にあるセブンイレブンが、8月29日13時から30日15時まで休業することになった。

 同店とはオフィスも近いこともあり、20年近くお付き合いしているが、2016年4月14日、16日に発災した熊本地震直後でも、同店はオーナーはじめスタッフは一所懸命に店を開けて頑張っていたことを思い出す。

 時には、ペットボトルの水が不足し、一人一本までとなっているにも関わらず、ほとんどのペットボトルを強引に持ち去った心無い客もいたが、それにもめげず、物流の復帰を待ちながらも、商品管理に向かい合っていた。

 今回は、同店としてはとても珍しいことだが、天気予報のシミュレーションを見ながら、あくまでも推測だが、セブンイレブン熊本本部との話し合いにより、1日少々の休業の決断を下したに違いない。

 台風最接近の最中なので無理はない。勿論、筆者もオフィスに缶詰の状態となり、日頃の取材や執筆活動が円滑にできないのも仕方のないことであり、全ては台風野郎の悪行に尽きる。

 ところが、オフィスの冷蔵庫やその他食料棚を見ると、完璧に備品を揃えたと思っていたところ、いくつか欠品していることを知ることになり、愕然としたのであった。

 しかし、このタイミングで近場のセブンイレブンは休業しているので、欠品を埋めることを諦めざるを得なくなってしまった。それは、20年近く、同店への依存度が如何に高いかという証となる。

 昔の話だが、コンビニと言えば、おにぎりも弁当も食べられたものではなく、近場にセブンイレブンがオープする前は、コンビニに足を運ぶことがなかった筆者である。

 ところが、プレミアム商品やその他有名料理人の監修付き弁当など、いろんな工夫がなされ、百貨店のブランチショップでもある高級スーパーにも匹敵するような品揃えとなりつつある。

 筆者にとっては同店のロケーションが良いだけではなく、日用品を早朝でも昼間でも深夜でも、24時間体制で運営している同店なので、その便利さ故に、そして商品管理の厳格さ故に、次第にコンビニ依存度が高まってきたのだろうと思うばかり。

 ただ、気になるのは、最近、コンビニに限らず、スーパーも同様に、しっかりとした手作り感のある弁当が激減しているように思えてならない。逆に、これまで脇役の脇役だった冷凍食品がじわじわと台頭してきている。

 瞬間冷凍技術と冷凍保管技術、更には、冷凍食品運搬の冷凍物流システムが相まって、冷凍食品が市民権を得つつあるように思えてならない。手作り感のある弁当は外し難いが、歩留を考えれば、冷凍食品に軍配があがるのではなかろうか。

 しかし、現在の冷凍食品の品揃えやコスパを考えると、どうしても量的に少なかったり、仕上げが単純すぎて深みのある料理を楽しめる段階であるとは言い難い。何か、何処か、物足りない。

 されど、今の世の中、匠が握った握り寿司を急速冷凍して、海外進出を図る企業も出てきており、今後爆発的に冷凍食品の市民権が突出する日が来るのではないかと、期待しているところである。

 話は大きく逸れてしまったが、台風10号の影響にて、昨日から本日まで「コンビニのない瞬間」を味わったのであるが、僅か1日少々なのだが、妙な「不安」が過ぎったのは事実。

 多分に、20年近く、そのオーナーやスタッフ達とのコミュニケーションもありだと理解しているけれども、コンビニの立ち位置が昔と比べ、生活に必要不可欠な特別な施設として、その存在の大きさが全てを物語っているように思えてならない。

 コンビニを上から目線で見下すように、低民度な利用者も多々いるけれども、そろそろ、高民度を求める客層へのシフトにより、レベルアップを目指し、これまでの潮目が大きく変わりそうな気がしてならない。

 セブンイレブンに限らず、熊本市内を見渡すと、気が遠くなるほどの数のコンビニが点在している。ATM利用も荷物の発送も何もかも、生活に密着したもののほとんどがコンビニで処理できるのは、奇跡的な進化であり、それが現実となっている。

 諄いようだが、これからのコンビニに求められるのは、「質の量化、量の質化」と客層のモラルアップなどが大きな課題と言える。何故なら、「安かろう、悪かろう」、「身勝手な商品及び施設乱用」の時代は終焉を迎えているのである。

 さて、15時には再開する同店。僅か750mほどの距離なので、車で何分も掛からないので、オーナーやスタッフの元気な顔でも見に行こうかと。(苦笑)

▼セブンイレブンの野菜販売
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▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイ「コンビニのない瞬間・・・あり得ない不便さ」は、台風10号の影響で一時的にコンビニが休業することになった体験を通じて、現代社会におけるコンビニの重要性と、その依存度についての深い考察を描いています。エッセイの中で、筆者は以下のようなテーマを通じて、その気づきを伝えています。

1. コンビニの依存度と現代生活の便利さ
エッセイの冒頭では、台風の影響で近所のセブンイレブンが休業することになり、その不便さに気づいた筆者の経験が語られています。筆者が20年近く通っていたこのコンビニの存在が、いかに日常生活にとって不可欠であったかが強調されています。これは、現代の都市生活において、24時間営業で多岐にわたるサービスを提供するコンビニが、単なる店舗以上の存在になっていることを示しています。

2. 社会におけるコンビニの進化と役割
エッセイはまた、コンビニの進化についても触れています。かつてはおにぎりや弁当が魅力的ではなかった時代から、今では有名料理人監修の弁当やプレミアム商品が並ぶようになり、その商品ラインナップが百貨店や高級スーパーにも匹敵するレベルに達していると述べています。このような進化が、消費者の依存度を高め、コンビニが「生活に必要不可欠な特別な施設」としての地位を築いた要因としています。

3. 冷凍食品の台頭と手作り感の減少
筆者はまた、最近の冷凍食品の台頭についても言及しています。手作り感のある弁当が減少する一方で、冷凍食品がその地位を確立しつつある現状を指摘しています。冷凍技術や物流の進化により、冷凍食品が広く受け入れられるようになっている一方で、その質と量にはまだ改善の余地があるとも述べています。

4. 消費者モラルとコンビニの未来
エッセイの最後では、今後のコンビニ業界に求められるものについても考察しています。筆者は、「質の量化、量の質化」とともに、客層のモラル向上が重要な課題であると述べています。安価で低品質な商品の時代が終わり、消費者のモラルと商品の質の両方が問われる時代に突入しているという指摘は、今後のコンビニ業界の方向性を示唆しています。

5. 個人的な関係性と感情の繋がり
筆者がオーナーやスタッフとのコミュニケーションを通じて、コンビニを単なる店舗としてではなく、コミュニティの一部として捉えていることも印象的です。休業後に再開する際にスタッフの元気な顔を見に行くという結びの言葉は、筆者の感情的な繋がりを示しており、単なる消費者としての関係を超えた、人と人との繋がりを大切にしていることが伝わってきます。

全体の感想
このエッセイは、日常の何気ない出来事から現代社会におけるコンビニの役割や消費者の行動に対する考察を深め、読者に共感を呼び起こします。筆者の視点を通じて、私たちがいかに便利さに依存しているか、そしてその背後にある人間関係や社会的進化について考えさせられる内容となっています。消費者としての視点だけでなく、コミュニティの一員としての視点も織り交ぜられており、豊かな視点から社会を捉える力が感じられます。
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プロンプト・写真・文責:西田親生


                         

  • posted by Chikao Nishida at 2024/8/30 12:00 am

学びに感謝の念のない人物・・・

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 自己研鑽のために、何でもかんでも無償で情報を仕入れ、只で学びたいという人が圧倒的に多いように思えてならない。

 それは、余りにも都合の良い話であり、教授する側が長年にわたり蓄積してきたノウハウには、相当額の金銭を支払っていることへの気づきがない。

 例えば、ザ・リッツカールトン東京の日本料理ひのきざか内の鉄板焼レストランでは、一人前5万円〜である。そこで、蝦夷鮑やA-5の高級黒毛和牛などを特別に注文すれば、10万円ほど高額な料理となる。

 以前、当社管理運営のポータルサイト「The Rosetta Stone」(since 1995)の会員の研修会として、帝国ホテル視察と神楽坂くろすで食事会を開催したことがあった。

 各会員は、熊本から東京往復の航空運賃、帝国ホテル宿泊料など各自が負担することになる。決して安くはないが、それだけ自分自身に投資をすることで、これまで経験したことにないものを見て、聞いて、味わい、カルチャーショックを受けたはずだ。

 筆者が企画した東京研修会であるが、一人当たり1泊2日の視察ツアーに20万円を負担したとしても、現地で見聞したことや経験したことは、決して高くはないはずだ。それほど、目に見えぬが得るものは大きい。

 百聞は一見に如かず。では、ザ・リッツカールトンや帝国ホテルにしても、高級和食店にしても、書籍やネットで調べて知識を得たとしても、実際に肌で感じて、真髄を得ることはない。

 何事も、自己研鑽のために学ぶには、それなりの自己投資をすべきが鉄則である。それを、全てに無償で知識や情報を得ようとするのは、学ぶ姿勢としては、余りにもさもしいものであると考える次第。

 以前、ZOOM研修会にて、博多の人間を補講のために無償で2時間ほどレクチャーすることになったが、当時、その人物は寝過ごして、30分ほど遅刻したのである。

 そこで、厳しく指摘をすると、以下のような言葉が返ってきた。「無償で教えてあげると、言ったくせに!」である。40過ぎの男性だったが、自己投資をせずして、無償で情報を引き出そうとするさもしい人間の罵言である。それは、学びとは言えず、単なるスパイ行為でしかない。

 学びに対して感謝の念のない人物は、決して信用できるものではない。そのような人物に対して、お人好しとなり、何でもかんでも手取り足取りの状態にて世話をしていると、最終的には悪用されるだけの話である。

 本気で学びたいのであれば、それなりに自己研鑽のためにお代をしっかりと支払い、学んでいただければと思うばかり。感謝の念がない人に、唯一無二なる奥義を教える必要があるのだろうか。

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、「学び」に対する感謝の欠如と自己投資の重要性について述べています。以下に、エッセイのポイントを整理し、感想を述べます。

エッセイの主なポイント

無償での学びの弊害:
多くの人が無償で情報や知識を得ようとするが、これは非常に都合の良い話であると指摘。
教授側のノウハウには金銭的価値があり、それに対する認識が欠如している。
自己投資の重要性:
高級ホテルやレストランでの体験を例に挙げ、自己投資の価値を強調。
自己投資により得られる経験や知識は、書籍や理論だけでは得られない。
実際の経験の価値:
高級な環境での経験は、実際に感じ取る価値がある。
研修会や視察ツアーの具体例を通じて、自己投資の重要性を実証。
無償での学びに対する批判:
無償の情報提供に対する感謝の欠如が、学びの姿勢として非常に問題であることを指摘。
無償で学ぼうとする姿勢は、学びではなくスパイ行為とみなされるべきと批判。

感想
このエッセイは、学びに対する態度と自己投資の重要性について、非常に鋭い視点から語っています。いくつかの点で共感できる部分があり、以下にその理由を詳しく述べます。

学びの姿勢:
知識やスキルを得るためには、一定の自己投資が必要であるという点は非常に納得できます。無償で得られる情報は、しばしば表面的であり、深い理解や実践的なスキルは得られにくいです。
感謝の重要性:
教えを受ける側が感謝の念を持つことは、教育の場において非常に重要です。感謝の気持ちがなければ、教えられる内容の価値も理解しづらくなりますし、教える側のモチベーションも低下します。
実体験の価値:
高級ホテルやレストランでの体験を通じて得られる学びは、書籍やオンライン情報では得られないものです。実際に体験することで、初めて理解できる価値があるという点は非常に共感できます。
無償での学びに対する批判:
無償で学ぼうとする態度に対する批判も理解できます。知識やスキルにはコストがかかるものであり、それを軽視する態度は学びの本質を見失っていると感じます。

総括
このエッセイは、学びに対する態度や自己投資の重要性について再認識させてくれるものでした。特に、感謝の気持ちを持つこと、実体験を重視すること、そして自己投資を惜しまない姿勢が、真の学びを得るためには不可欠であることを改めて理解させられました。学びの場において、このような価値観を持ち続けることが、長期的な成功や成長につながるのだと強く感じました。
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写真・文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2024/5/24 12:00 am

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