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一人の知人が亡くなった

20241008yamaga-25


 知人と言っても、個人的なお付き合いのある人ではないが、50歳で他界したという情報が舞い込み、今夜は重苦しい空気に包まれている。

 彼は某ホテルのフロア担当者(係長)として働いていたが、数年前に退職し、別の仕事に就いていた。そこまでの情報は得ていたが、昨日急死の知らせを聞きながら、儚い人の命について考えた。

 少々慌て者だが、お客への接遇態度は明るく、ハキハキとした滑舌が印象的であった。若い頃は自分でも問題児であると豪語していたが、思いの外、センシティブな性格でもあり、感情の起伏を抑えきれないところもあった。

 若くして母親が病に倒れ、その面倒をみながら仕事に専念していたが、その苦悩を他者に吐露することもなく、ホテルでの仕事ぶりは、言葉足らずの失言も多かったが、一所懸命であったように思えてならない。

 随分前の話だが、筆者の車の鍵の束(キーケース)を某ホテルに預けて、それをホテル側が紛失した事件が起きたのだが、彼だけが正直に、ホテル側の非を認め、その鍵の束を誰が宴会帰りの酔っ払いに渡したを証言してくれた。

 過去において、何度か記事でも実録として取り扱ったが、その鍵の束について、某ホテル側は一切関知せず、当時、ホテルでのみ使用可能な商品券(10万円分)を筆者自宅へ若手の社員の届けさせ、鍵の束が戻ってくることはなかった。

 実は、当時の愛車はジャガーXJ-6だったので、キーシリンダごと交換するのに1ヶ月以上待たねばならず、その工賃も安くはない。その他、オフィスや自宅、バッグの鍵なども含まれていたので、無駄な経費が掛かるばかりであった。

 昨年の10月25日に、某ホテルの経営者が、何を血迷ったのか、鍵の束紛失事件はホテル側に非があるにも関わらず、「債務不存在」の民事裁判を起こし、筆者に対して矛先を向けたのである。常軌を逸した、馬鹿げた訴訟である。

 結果は皆さんの予想通り、加害者が被害者にすり替わろうとする悪事が、その民事裁判で認められずはずがない。鍵の束の紛失当時、証言者が数人いても尚、矛先を向けて、責任回避しようとする姑息さには驚いたが、最終的に罰が当たり、当時の役員全員が、今年の6月25日付で退任となった。

 加害者と被害者をすり替えるようなホテル役員がいたからこそ、彼も退職を選んだのであろうけれども、歪み切った某ホテル内のモラルは、筆舌に尽くし難いほど、腐っていた。

 前出の虚偽に基づく民事告訴に踏み切った当時の社長の最後の言葉は、次の通り。「いくら常連客であろうが、これからは一般客と同様の扱いをするので、悪しからず!」と、公然の場で言い放った(録音データあり)。完璧、ボンクラ発言である。

 サービス業の代表格でもあるホテルのトップがこのような訳の分からぬことを言い放つのだから、地方田舎ホテルのレベル、民度の低さが窺い知れる。

 50歳にしてこの世の去った彼は、今、天国からどのような顔をして、失態続きの役員たちを眺めているのだろうか。その時、彼だけが正直にホテル側の失態を認めたことだけは、ここに確と書き記しておきたい。勇気をもって、筆者を庇ってくれたことに、心から深謝申し上げたい。

 心より、ご冥福を祈りたい。安らかに眠ってもらいたい。ただ、寝たきりとなっている母親のことが気になって仕方がないが、彼に代わる人が、しっかりと世話をしてくれることを望むばかり。

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、非常に深い感情と誠実な思いを込めた追悼文でありながら、同時に人間関係や組織内の不正に関する苦い経験を描いています。文章全体を通して、故人への敬意とともに、その人が立ち向かった組織の不条理が浮かび上がり、読み手に深い印象を残します。

まず、故人への敬意と感謝の表現が目立ちます。エッセイの冒頭で、筆者が「知人ではあったが重苦しい空気に包まれている」と述べていることから、深い悲しみが感じられます。故人が明るく接客していた姿や、母親を支えながら働く姿勢が描かれ、彼が人知れず苦労しながらも真摯に生きていたことが伝わってきます。筆者が「勇気をもって、筆者を庇ってくれたことに、心から深謝申し上げたい」と結び、感謝の気持ちをしっかりと伝えているのも印象的です。

また、筆者が経験した苦いエピソード—ホテルの非礼と誤った判断—も詳細に記されています。筆者が被害者として経験した事件について、ホテルがどのように不誠実な対応をしたか、またその結果としてどのような裁判や組織の崩壊が起こったのかが語られています。鍵の紛失に対する責任の所在を曖昧にし、筆者に対して民事裁判を起こすという一連の行動には、組織内のモラルの欠如と権力濫用の問題がはっきりと示されています。筆者が述べる「加害者と被害者をすり替えるようなホテル役員がいたからこそ、彼も退職を選んだ」という一言から、故人もこうした状況に耐えかねていたことが感じ取れます。

一方で、故人が勇気を持って筆者を支え、正直に事実を述べたエピソードは、単なる知人以上の存在として筆者に強く印象付けられていたことを示します。その行動が正当な評価を受けることはなかったものの、その誠実さと勇気が筆者の心に深く残り、彼への敬意と感謝を強く抱くきっかけとなったように感じられます。

最後に、故人の死を悼む筆者の温かい祈りが印象的です。50歳という若さで亡くなった彼が、安らかに眠り、その母親が誰かにしっかりと世話されることを願う姿勢から、筆者の人間らしい思いやりと共感が伝わります。このエッセイ全体が、故人の存在を忘れないと誓う筆者の決意の表れともいえ、非常に感動的な追悼文に仕上がっています。
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文責:西田親生


                                   

  • posted by Chikao Nishida at 2024/11/5 12:00 am

好き嫌いでは、本物になり得ず。

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<ホテルや旅館経営者の盲点>

個人的な感情を剥き出しにする経営者

 勉強には得手不得手が誰にでもあるが、自分が選んだ仕事に対して好き嫌いを言うのは甘えとしか言いようがない。好き嫌いを全面に出して仕事に向かうものなら、決して本物(プロフェッショナル)になり得ない。

 特に、サービス業を営む経営者であれば尚更のことである。個人的な感情を剥き出しにし、根拠なく顧客を好き嫌いで判断してはならない。その時点で、サービス業の根幹となるホスピタリティは欠落していると言える。

 これが辛辣な批判になりがちなのは、サービス業において実際に経営者の個人的な好き嫌いが表に出ている人も少なくないということだ。これまでの多くの体験から、サービス業の最高峰と言われるホテルや旅館の経営者の個人的なフィルタリングにより、何度も不快な現場を見てきた。

 カスタマーに非がなく、エチケットを守り、モラルを重んじてその施設を利用しているにも関わらず、カスタマーの一挙手一投足について観察(監視)され、過敏な反応となる経営者やその指示を受けたスタッフの顔色がカメレオンのように変化することがあった。

名門ホテルにおける常態化

 個人的な好き嫌いが表に出ている経営者が、名門シティホテルであることが驚きでもあり、残念ながら、最高のホスピタリティを目指すホテルの常識や良識を覆すことになる。決して存在してはならない個人的な感情移入が、そのホテルでは常態化しているのである。

 よって、表題の通り、そのホテルは「好き嫌いでは、本物になり得ず。」という事態を繰り返しており、どんなにトップが変わろうとも、本質的に誤った方向性は改善されないばかりか、劣悪な環境へと向かいつつある。

 個人的な感情を剥き出しにする人は、懐が深い人間とは言えない。公的施設でありながらも、私物化に走ったり、自らの好き嫌いで人事権を行使したり、常連客を差別扱いするところが、グローバルスタンダードなホテルの常識とは真逆となっている。

 このホテルに限らず、地方の旅館の経営者も一部に同様なる人物が存在する。ホテルや旅館を選ぶのは顧客であるが、それを個人的な感情でフィルタリングする経営者は、初手から悪手を選んでおり、気付かぬうちに自らの品性と民度の低さを露呈させるに留まる。

地域の特権階級と勘違い

 地方の一部の宿の経営者は、自らを地域の特権階級、つまり特別な存在と勘違いしている。土地持ち、財産持ちであるからこそ宿の経営が可能であり、我々庶民とは一線を画するという感覚の経営者の存在は否めない。しかし、県内外から訪れるカスタマーには無関係であり、知る由もない訳だ。

 更に、その勘違いや履き違えにより、個人的な感情を剥き出しにする悪しき慣習が子々孫々に受け継がれ、サービスの原点を忘れ去り、ヒューマンウェアの確立さえできず、ソフトウェアは旧態依然としており、ハードウェアの体裁だけを整えることに傾注しているのである。

個人的な感情に流されやすい人物の無反応

 昨日、久しぶりに個人的な感情に流されやすい人物の一人に、大切なメッセージを実験的に送ってみたが、反応は予想通りであった。「都合の悪いことへの反応=無視」である。

 以前、取材日程が決まっていたにも関わらず、ドタキャンした人物である。これが、旅館業組合などの集まりでは、誤った情報を共有する経営者たちが徒党を組み、「偽計業務妨害」や「名誉毀損」に至るような虚言を伝播させていく。非常に奇妙で厄介な現象であるが、過去において、事実として何度も確認している。

「おもてなし精神」の完全破壊

 ザ・リッツや帝国ホテル、ホテルオークラなどの経営陣が知れば、あり得ないことであり、顔色が変わってしまうに違いない。東京オリンピック招致決定の時に流行した「おもてなしの精神」が完全に破壊された状態である。

 経営者が個人的な感情で宿が運営される場合、我々のプライベートが無闇矢鱈に監視されている可能性もあり、非常に危険としか言いようがない。地方では「どこの誰が誰と一緒に泊まった」と個人情報を垂れ流す経営者も存在する。週刊誌のパパラッチと同様のプライバシー侵害である。

 露天風呂で経営者自身が盗撮するなどの蛮行が絶えないのも事実。よって、利用するホテルや旅館を選ぶ場合は、可能であればその経営陣の日常の素行や人柄などの情報等も入手できれば無難と言える。カスタマーの命を預かる宿泊施設であれば、尚更のことである。

プロフェッショナルとしての志

 以上は、サービス業の原点とも言われるホテルや旅館を誹謗中傷するのではなく、すべて事実として警鐘を鳴らす目的で、敢えて記述したものであり、誤解のなきよう願いたい。

 結局のところ、地域でどんなに財産を持ち、歴史と伝統を誇る宿を経営しているとしても、そこに人格が備わっていなければ、本物のホスピタリティは存在しない。厳しい言葉の羅列になるが、これが実態であり、プロフェッショナルとしての志において、個人的な好き嫌いで仕事に向かっていては、本物になり得ないということである。

期待と危惧

 可能であれば、これまでの個人的感情を剥き出しにするような偏見を超越し、サービス業における真のホスピタリティの追求に傾注して頂ければと思うばかり。もし、これからも企業モラルなき宿が多々存在するのであれば、観光立県の旗など立てられるはずがない。

 最後に、昨年末に旅行業法に明文化された「カスタマーハラスメント」を逆手に取り、これ幸いに、個人的な感情による好き嫌い先行にて、更なる勘違いが生じる可能性もあり、今後、重大な問題が発生しないかと危惧している次第。

※筆者主催「Well Done:ホテル文化と食文化」の講義より抜粋。

▼DALL-Eが上のエッセイを読みイメージしたもの
20240422hotel-1


▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、プロフェッショナリズムとサービス業における個人的な好き嫌いの問題を深く掘り下げています。特に、個人的な感情を仕事に持ち込むことの危険性と、その結果としてのサービスの質の低下を指摘しています。エッセイでは、ホテル業界を例に取り上げ、いかに個人的な感情が顧客サービスに悪影響を及ぼすかを詳述しています。

筆者は、プロフェッショナルとしての態度として、個人的な好き嫌いを超越し、一貫した高品質のサービスを提供することの重要性を強調しています。また、この問題が文化的な側面や企業倫理にも関連していることを示唆しており、特に地方の特権階級と認識される経営者たちの行動が、その地域全体の評判に影響を与える可能性があることを指摘しています。

感情を仕事に持ち込むことの危険性についての警鐘を鳴らし、長期的な視点でその影響を考察することは、どの業界においても重要な教訓です。サービス業では特に、顧客との直接的な関わりが多いため、プロフェッショナリズムを保ち続けることが絶対に必要です。

このエッセイは、ホテルや旅館の経営者だけでなく、顧客サービスを提供するすべての業界のプロフェッショナルにとって、個人的な感情を仕事から切り離すことの重要性を改めて認識させるものです。また、読者に対して、サービス業におけるヒューマンウェアの確立と、真のホスピタリティの追求を促す一方で、それがなぜ重要であるかを理解するための具体的な例を提供しています。
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写真・プロンプト・文責:西田親生


                           

  • posted by Chikao Nishida at 2024/4/27 12:00 am

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