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如水(グルメ開眼道)其の四・・・イタリアンとの出逢い

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 以下は、筆者が2011年3月8日に発刊した小冊子「如水(グルメ開眼道)/非売品」から引用したものです。現在、退職された方や独立されたシェフもいらっしゃいますが、「グルメ開眼道」のタイトルの通り、当時のそれぞれの料理の深みや彩をお楽しみいただければと・・・。

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<スペイン広場近くのハスラーホテルにて>

 筆者がイタリアのローマに足を運び入れた時、JTBローマ支店長からご紹介頂いたのが、ローマ市内中心部のスペイン広場近くにあるハスラーという老舗ホテルであった。その6階にあるイタリアン最高峰のリストランテ「ルーフ・トップ」。 国内の帝国ホテル東京でも、定期的にイベントを開催するほど有名らしい。

 途中タクシーの中で、携帯電話で予約確認を行い、同ホテルへ。歴史と伝統あるホテルらしく、威風堂々とした空気感が伝わってくる。また、1階通路には高級ブランドの小さなショーケースが沢山取り付けられ、館内インテリアと同化していた。筆者は、柔らかな夕日を浴びながら、内心わくわくをぐっと抑え、玄関に足を踏み入れた。

 最初に案内された所が、1階奥左手にあるこぢんまりした中庭。葡萄棚の下のテーブルで、ウェルカムドリンクを所望して、待つことに。それから20分ほど経って、黒服のギャルソンが筆者らを呼びに来た。

 エレベーターで6階へ。初めて見る「ルーフ・トップ」。ホールセンターの、景観の良いテーブル席へ案内された。そこでオーダーしたのは単品組み合わせのコース8品。前菜からソーセージ、パスタ、リゾット、骨付きラムの岩塩包み焼き、海老と白身魚料理、デザートなどなど。ワインを含めて、一人当たり35000円だった。(結構な値段だ)

 食事の途中、レストラン入り口に、背の高いモデルらしき美女二人が入って来た。支配人が、筆者の隣のテーブルに案内し、二人は静かに腰掛けた。すかさずマネージャーが筆者のところへやって来て「今宵の最高のプレゼントでございます♪」とウィンクしながら、巻き舌の英語で話してくれた。

 スーパーモデル二人が今宵のプレゼントとは、これ如何に!?目の保養をせよと言うジョークなのだろうが、彼女たちは筆者の背後のテーブルに着座したので、筆者のみ完全ブラインドとなっている。しかし、目の前の友人たちは、目の保養をしながら料理を楽しんでいたのである。

 同レストランの料理の感想であるが、日頃、日本人シェフのイタリアンを食し、慣れ親しんでいるのもあるが、日本人シェフが作る料理が、繊細であり、盛り付けも味も、レベルが高いと感じた次第。

 何故なら、ギャルソンがサーブした骨つきラムの岩塩焼きを食したところ、やけに塩っぱかった。実は、筆者の皿に盛られたものの裏には、岩塩がザラザラと残っており、雑なサーブに閉口したのである。正直、お値段ほどの満足感は得られなかった。(コンプレは避けた)

▼当時のルーフ・トップのギャルソン
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<アンツィオのリストランテにて>

 翌日、ローマから南へ約60キロほど離れた海岸沿いにあるアンツィオ(Anzio)という小リゾートのレストランを訪ねる事にした。店名は「La Tavernetta del Porto」。食べてはいけないような名称だが、そこで出逢った料理はすこぶるリーズナブルだったので、今回ご紹介しておきたいと思う。

 5人で15品をオーダーし、先ず料金に驚いた。ワイン1本を含めて計24000円程度。大柄で恰幅の良い気さくなカルラおばさんが応対してくれた。家族で営むレストランのようだが、気さくなのか大胆なのか、一皿に盛られてくる料理が全て大盛り。

 ムール貝を見てはその数の多さに腰を抜かし、魚丸ごと塩胡椒グリル焼き、海老三昧に小魚沢山、リゾットにパスタ、烏賊にアンチョビ、マス、ワイン・・・皆で必死で食らいついたものの、1時間半では完食出来なかった。(単なる乗り過ぎ、頼み過ぎ。)

 カルラおばんさんの話を聞くと、アンツィオ(Anzio)は日本人がほとんど来ない小リゾート基地のようである。昔々、暴君ネロ皇帝が生まれた地でもあり、ローマ炎上の時に、このアンツィオからニヤニヤと眺めていたとかいないとか。また、第2時世界大戦時に連合軍が上陸した地点であったようだ。

 現在のアンツィオは随分様変わりしているようなので、機会があれば、もう一度同地へ足を運び、リーズナブルなイタリアンをたらふく食べてみたい。

▼アンツィオのレストランオーナー カルラおばさん
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▼15品の内の一つ「ムール貝」一人前
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▼ミラノのリストランテのシンプルなリゾット
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<熊本ホテルキャッスルのパスタ>
※最新情報として以下を追加!

 以下のパスタ料理の写真は極一部であるが、これが日本人シェフが作るパスタ料理である。ランチタイムにも関わらず、盛り付けもしっかりしており、味も、パスタの種類や太さに合わせて、ベストな調理をしているのがよく分かる。

 これが、上述の日本人シェフの繊細さと拘りであろうかと。昨日も、最後の写真の冷製パスタを、まだ若手の若手が作ってサーブしてくれた。サウスポーの調理人だが、随分腕を上げたものだと絶賛した次第。パスタの水切り抜群、トッピングとソースの絡みは最高であった。

 よって、食堂部長へその旨を伝えると、若手の若手がわざわざご挨拶に来てくれた。入社当時からよく知っている人物だが、とても大人の料理人になったと、こちらの方が嬉しくなった。海外の方々には、申し訳ないけれども、和食の繊細さを知る日本人シェフの料理を、是々非々お試し頂ければと。

 衛生面もバッチリ、派手ではないが、真の料理人がわんさと日本国内にいることを、筆者は声を大にして自慢したい。日本は、「グルメの宝箱」なのである。


▼熊本ホテルキャッスル ダイニングキッチン九曜杏のパスタ群
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▼2022年6月10日に食した冷製パスタ
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写真・文責:西田親生

               

  • posted by Chikao Nishida at 2022/6/11 12:00 am

如水(グルメ開眼道)其の三・・・フレンチとの出逢い

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 以下は、筆者が2011年3月8日に発刊した小冊子「如水(グルメ開眼道)/非売品」から引用したものです。現在、退職された方や独立されたシェフもいらっしゃいますが、「グルメ開眼道」のタイトルの通り、当時のそれぞれの料理の深みや彩をお楽しみいただければと・・・。

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<本場パリのレストランにて>

 30年程前に初めて足を運んだフランスの首都パリ。魚介類専門のレストランがあると聞いて、ナポレオン墓地近くにある「ドゥ・ドゥ」でディナーをとることにした。

 パリ在住の方のご紹介の、こじんまりした老舗「ドゥ・ドゥ」。席に着くや否や、早速メニューが出された。すべてフランス語。英語は達者なつもりだが、フランス語はちょいと訳が分からないので、英語で書かれたメニューをお願いした。

 オーダーしたのは、白身魚すり身スープ、エイのムニエル、生牡蛎などなど。これが筆者の本場フレンチのスタートであろうか。随分前なので全ての料理を思い出せないが、生牡蛎がこれで一人前かと驚くほど、ネットからはみ出し気味に盛られている。当時、一人前8000円弱(当時1ドル230円の頃)、食後の腹はタヌキのように膨らみ、石畳のスロープを上るのに往生した。

 翌日は凱旋門近くにあるレストランで、ランチをとることになっている。突然、某大手旅行代理店添乗員が手が離せないと、筆者にマイクロバスで他の日本人客十数人を乗せ、凱旋門近くのレストランへ案内し、更にメニューを予算内でオーダーして貰えないかとの事。不意打ちを喰らって不機嫌になったが、最後の大きな三色アイスクリームを食して、ややご機嫌になった。

▼写真はイメージ:牡蠣

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<熊本で一際光るフレンチ>

 熊本県内でフレンチレストランで一際光り輝いているのは、熊本ホテルキャッスル11階にある「トゥール ド シャトー(天守閣の意味)/以前はロワール」である。そこで、松田祐一料理長が日々独創的な料理に挑戦しては、いつも旨いものをサーブしてくれている。

 彼との出逢いは随分前になるが、数年前にイタリア縦断旅行で、たまたま一緒になった。その時、フィレンツェ市街中心部からやや離れた所にあるシェラトンのレストランで、コース料理をご馳走することにしたが、日本人シェフが創る料理の方が、繊細且つ美味であると確信した次第。

▼写真はイメージ:熊本ホテルキャッスル 佐々前総料理長作
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<地中海料理との出逢いと別れ>
 
 また、知人の紹介で、熊本市内の小洒落たレストランを知ることになった。ヨーロッパ帰りのシェフで、タイニーなフレンチレストラン。当時熊本では珍しい地中海料理を提供する「ルシャキ・ペッシュ」(フランス語で釣りをする猫)という名のレストランだった。

 最後に足を運んだのは8年半前の2002年8月5日の夜。サーブされた料理はいつも素晴らしかったが、その時だけは、少々違和感を持ってしまったのである。味付けで、やや塩味が強い。また、厨房で何度か物を落とす音が聞こえて来たので、不吉な予感が脳裏を走った。

 どうも胸騒ぎがするので、一度帰宅した後に奥様に電話でその旨を伝えることにした。それから数日後、奥様より慌てた口調で電話が掛かってきた。何と、店主が脳梗塞で突然倒れ、急死したと言う。52歳という若さだったが、ショックを受けて、何一つ言葉が出なかった。

 あの時、現場で本人に違和感をはっきりと伝え、体調異変に気付かせ、翌日にでも病院に行くように言えば良かったと、悔やんでも悔やみきれない気持ちである。もし、彼が今も元気で頑張っているのであれば、もっと熊本市内のフレンチは面白かったに違いない。

 しかし、彼が創りだしたフレンチは、いつまでも筆者の心しっかりと刻まれている。優しい心の籠った地中海料理。彼を思い出す度に、口直しの、ヒンヤリと冷たい小さなグラスに入った黒砂糖シャーベットが目に浮かび上がってくるのである。

▼写真はイメージ:熊本ホテルキャッスル 佐々前総料理長作
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<帝国ホテル東京にて>

 フレンチの巨匠(神様)である村上信夫氏(元帝国ホテル総料理長)の書籍やDVDをご覧いただければ、和の世界に自然にフレンチが溶け込んで行ったプロセスを体感する事ができる。リッツに学び、日本国中にフレンチが、それも家庭の台所まで洋食が浸透して行ったという「グルメ・ルネッサンス」は、実に痛烈で素敵な現象であった。

 筆者は東京へ足を運ぶ時は、必ず日本のフレンチの大御所でもある帝国ホテル東京にお世話になる事にしている。特に、地階のラ・ブラスリーではエリザベス女王二世が食されたエビ(2匹)料理やご自慢のローストビーフなど、実にリーズナブルに食すことができ、また、同ホテルで考案された元祖バイキング料理が気軽に楽しめる「ブフェレストラン インペリアルバイキング サール」がある。

▼写真はイメージ:帝国ホテル東京のローストビーフ
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▼写真はイメージ:ホテルオークラ福岡のフォアグラ 野原敦料理長作
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▼写真はイメージ:ホテルオークラ福岡のデザート 野原敦料理長作
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◎西田親生@ICTdocotor「Note」プロフィール
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写真・文責:西田親生

         

  • posted by Chikao Nishida at 2022/6/8 12:00 am

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