十数年前、弊社サテライトオフィス近くにレストランがあった。仕事ついでに行ったところ、店内が汚く、サービスも悪く、スタッフの所作は最低である。更に、料理については「旨い!」と言うほどの感動はなかった。
当時、全国の某飲食業協会の特別顧問をしていたので、それに関連して取材方々その店に足を運び、店主と話をすることにした。店主が気分が悪くなるかも知れないが、その店の良いところと悪いところをザックリ話した。
それから、一週間に半分はその店でランチを取ることにしたのである。筆者のアドバイス通り、スタッフの所作も良くなり、クレジットカードの取り扱いでは、革製のトレイを導入し、すこぶる丁寧になった。
以前は、片手でカードを受け取り、そのままレジへ行って処理を行い、また、片手で領収証とカードを渡していた。助言したのは、トレイを使って、客のクレジットカードを運べということである。
この流れを初めて見たのは、タイのグランドハイアットだったと記憶する。チェックインの際にフロントではなく、別室に案内され、クレジットカードの提出を促されたので、財布にある1枚を手渡そうとした。
その時、革製トレイだったか、その上に黄金色のシルククロスが置かれていたので、カードをそのクロスの上に。女性スタッフは、丁重にクロスの四隅からたたみ、カードを覆い、革トレイを胸の高さに保ち、フロントの方へ歩いて行った。
僅か十数秒の出来事であったが、クレジットカードを、まるで財布のように大切に取り扱う様は、流石に五つ星ホテルであると感心した次第。今でも、国内のホテルでは、クレジットカードを片手で取り扱う人も多いが、スキルの違いに驚いた。
それから、何度足を運び入れたのか分からないが、多分、少なくとも百数十回は食事で足を運び入れたと記憶する。
ところが、それから数年後、サテライトオフィス・スタジオの必要性が無くなったので、その場を去り、本社オフィスのみで仕事をすることになった。よって、その店に足を運んでも、月に1回か2回程度となった。仕方のないことである。
しかし、よく足を運んでいた頃は、その店を応援するために、可能な限り知名度を上げようと、記事を書きまくった。しかし、その努力も水の泡。その店との縁が切れるような言葉が飛び込んできたのだった。
今でも、鮮明に覚えている店主の表情と言葉。「以前はサテライトオフィスが近くにあったから、良く来られてたんじゃないですか!?今はほとんど来られんので。」と、口元が震えながら言い放ったのである。
サテライトオフィスが近くにあったが、その周辺はかなりの数のレストランが犇めきあっている。よって、どの店を選ぼうが、どんな料理を食べようが、よりどりみどりの地域である。
取材では本気モードで撮影して、その店のイメージアップ、知名度アップ、更には、新規顧客開拓に繋がるように尽力したけれども、結局、放たれた言葉は、心無い、本当に『おバカ』としか言いようがないほどの、情けない言葉であった。
こんな低レベルの解釈基準だからこそ、一部の料理人が見下されるに違いない。しっかりとした料理人は、一見客も常連客も、今来ている客のみならず、過去において何度も足繁く通ってくれた客へは、最高レベルのサービスを提供するものだ。
最近のシティホテルの役員でさえ、上の『おバカ』な料理人と同様に、近頃来ている客を常連客として見ており、数週間足を運ばねば、勝手に常連客から外すのである。サービス業の最高峰に居ながら、歪み切った解釈の仕方である。案内状やお歳暮なども、無言の内に来なくなったホテルもある。
『今来ている客が、客!』ではなく、『今来ている客も、客。今まで来て頂いた客も、客!』である。いろんな事情があって、足繁く運べぬようになった常連客も沢山いるに違いない。目の前の『銭』しか見ていないから、そんな馬鹿げた価値観に浸るのである。
ただ、上記のような『おバカ』な店主であれば、その程度なのだから、先々店が伸びて行くはずもない。店内も薄汚れ、訳のわからぬ内装になっているに違いない。客層も段々と悪くなっているに違いない。
特に町場の食事処に良くある話だが、国内外の五つ星ホテルを見て回って欲しいものである。日本人が豪語する『おもてなし』以上の、自然体のサービス精神は特筆に値するものであり、一夜漬けにて真似ができるものではない。
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