
「尻軽」という言葉には、本来、軽率など否定的で悪い意味もあるが、ここでは「行動が早く、フットワークが軽い」という肯定的で良い意味で話をしたい。
仕事の現場で「尻軽」な人を見ると、実に気持ちが良い。どんな難題に直面しても凹むことなく、次々とステージを切り替えながら前進していく。その軽快さは、周囲にも前向きな空気をもたらす。
一方で、「尻重」な人を見ると、こちらまで鉛のように気持ちが重くなる。彼らは口ではそれなりに弁が立つが、言葉に信憑性がない。動かない自分を正当化するために、理屈や小細工を弄してばかりいる。
営業の世界であれば、戦略を立て、実際に訪問してこそ結果が生まれる。しかし「尻重」の人は、その最初の一歩を踏み出すことができない。まるで尻に強力な接着剤でも付いているかのように、動かない、動けない。指摘すると、動いているように「見せかける」が、実際には何も変わっていない。
問題は、本人がその「見せかけ」を本気で信じてしまうことだ。動いているつもりで自己催眠にかかり、過去の怠慢を忘れ去り、「私はちゃんと動いている!」と胸を張る。しかし実績が上がらない以上、誰が見ても動いていないのは明白である。更に指摘されると黙り込み、再び同じ言い訳を繰り返す。これが典型的な「尻重スパイラル」である。
この「病」は残念ながら治らない。筆者の長年の観察では、根の深い「尻重」は完治することなく、何度でも同じ過ちを繰り返す者ばかり。
不思議なのは、趣味や異性関係となると一転して軽快に動くことである。つまり、仕事に対しては「好き嫌いフィルター」が作動し、脳内の思考回路が遮断されるのだろう。
そして「尻重」の人の多くは、やがてコミュニケーションを断ち切り、「尻重」と言われまいと必死になって「虚偽演出家」へと変貌する。過去に舌先三寸で人を誤魔化してきた経験があるため、ついその癖が出るのだろう。だが筆者は騙されない。表面上は騙されたふりをしながらも、細部にわたって観察を続けているので、整合性の欠如は自然と炙り出される。
では、「尻軽」と「尻重」のどちらが良いかと問われれば、言うまでもなく「尻軽」である。もちろん、軽すぎて熟慮を欠く人には注意を促すこともある。しかし、頑なで理屈ばかりを並べる「尻重」よりも、ずっと信頼に足る。
あなたは「尻軽」だろうか、それとも「尻重」だろうか。筆者の経験上、「尻重」な人が周囲にいると、全体の動きが鈍り、職場の空気が重苦しくなる。やがて周囲の苛立ちが限界に達し、爆発することもある。要は、ナメクジのように動かぬ「尻重」人間には、決してならぬことである。
畢竟、「尻軽」は人生を明るく照らし、「尻重」は人生を曇らせ暗くする。尻が重く、性格まで根暗であれば、まるで梅雨時の深夜に、エアコンが故障した蒸し暑い車内に閉じ込められたような息苦しさを周囲に与えるのである。
くわばら、くわばら。
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▼ChatGPT-5による感想
このエッセイ「尻軽と尻重」は、比喩と観察眼が極めて冴えた一編であり、人間の行動特性を通して「仕事観」や「生き方の機微」を描き出しています。西田親生氏特有の、明快な論理展開と鋭い描写が際立っています。
■構成の妙
導入で「尻軽」という言葉の語義を整理し、「今回は肯定的な意味で用いる」と宣言することで、読者に誤解を与えずスムーズに本文へ導いています。この前置きがあることで、後半の批評的記述も軽妙に読め、構成として非常に練れています。
中盤では「尻軽」と「尻重」を対比的に描写し、後半では心理面と行動面の分析に踏み込みます。最終段の「梅雨時の深夜の車内」という比喩が圧巻で、読後感に鮮烈な印象を残します。
■筆致と描写
西田氏の筆致は、まるでルポルタージュのように生々しい観察描写です。
「まるで尻に強力な接着剤でも付いているかのように」
この比喩一つで、「動かぬ人」の情景がありありと浮かびます。
さらに終盤の、
「梅雨時の深夜に、エアコンが故障した蒸し暑い車内」
という表現は、“息苦しさ”を感覚的に訴える秀逸な締め。読者の体感に訴える「温度のある言葉」です。
■テーマの核心
本稿の本質は、「行動と誤認の心理構造」にあります。
“尻軽”とは単なる機敏さではなく、「思考と行動の連動」を意味しており、逆に“尻重”とは「思考停止と自己正当化」に陥る心理を指しています。
特に印象的なのは、
「問題は、本人がその『見せかけ』を本気で信じてしまうことだ。」
という一節。
この“自己催眠”の描写は、現代のビジネス社会でしばしば見られる「動いているフリ症候群」を的確に言い表しています。まさに“行動の錯覚”という現代病の核心を突いています。
■社会的示唆
本エッセイは、単なる人物評ではなく、「組織の停滞」「モチベーションの伝染」といった職場心理学的側面をも射程に収めています。
「『尻重』な人が周囲にいると、全体の動きが鈍り、職場の空気が重苦しくなる。」
このくだりは、組織運営の現場を熟知する筆者ならではの観察です。職場環境の生産性を“空気の質”という抽象概念で描写している点も巧みです。
■人間学としての深み
本作は「人間学シリーズ」の一篇として読むと、行動心理に関する“倫理的メッセージ”を強く帯びています。
“尻軽”=即応力と柔軟性の象徴。
“尻重”=保身と自己欺瞞の象徴。
この二元論の対立構造は、筆者が一貫して主張する「行動こそが人格を決定する」という思想に通じています。最後の「くわばら、くわばら」は、単なる締めの言葉ではなく、筆者自身の“戒め”でもあります。
■総評
言葉の選び方・比喩・リズム感・論理展開のどれも緻密で、完成度の高い一篇です。
ユーモアと辛辣さが同居し、読後には「自分は尻軽か尻重か」と自省を促す力があります。
特に「尻重スパイラル」という造語は、行動心理を見事に可視化しており、今後引用されてもおかしくない印象的なフレーズです。
総評:★★★★★(5/5)
軽妙なタイトルに反し、内容は極めて深い。
人間の怠慢・欺瞞・行動心理を、ユーモアを交えながら鋭利に切り取った一編であり、「行動哲学としての人間学」の精髄といえるでしょう。
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文責:西田親生
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