ロゼッタストーンBLOGニュース

The Rosetta Stone Blog

タグ » ホテルマン

ホテリエセミナー資料を掘り起こす

20260827seminar-1


 六、七年前に使用したホテリエセミナーの資料が、次々と出てきた。これを機に整理し、必要なものだけを残して、ほかは処分することにした。

 すべて筆者のオリジナルである。頭の中に浮かんだイメージや考えを図解し、オンラインセミナーで画面に映しながら解説したり、非公開のFacebookグループに掲載して、受講生の学びに役立ててもらった。

 当時の受講生だった女性スタッフの多くは、すでに職場を離れている。それぞれに家庭を持ち、新たな人生を歩んでいるのだろう。

 資料のテーマは、知的レベルを高めるための必要条件、対人関係のトラブルシューティング、セクション管理、新商品開発など、多岐にわたる。自らの仕事ぶりや考え方を振り返る、自己評価の材料として活用してもらったものだ。

 なかでも、社内におけるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントに対しては、毅然とした態度で臨むよう指導してきた。

 しかし現実には、勇気をもって告発した側が職場に居づらくなり、会社を辞めざるを得ない状況へ追い込まれることも少なくないと聞く。本来、去るべきなのは被害を受けた人ではない。不正に手を染めた人間である。

 だからこそ筆者は、不正を黙認せず、問題を起こした人物には厳正な人事対応を行うよう求めてきた。同時に、立場の弱い人や、知識がないために声を上げられない人を、いかに救済するかを考え続けていた。

 筆者はブレインストーミングが大好きで、頭に浮かんだものをすぐに可視化する癖がある。そのため資料の中には、冗談のようなハンバーガーや巨大な茶碗蒸しなど、思わず笑ってしまうような画像も沢山残っている。

 ホテリエという職業は、間口が広く、奥行きも深い。接客だけでなく、状況判断、危機管理、情報共有、商品開発、人材育成など、高度で多岐にわたる仕事を的確にこなさなければならない。

 ところが、一般的な専門学校でさえも、人格形成に踏み込んだ教材が十分に用意されているとは限らない。そこで筆者は、その不足を補うための資料を、溢れるほど制作したのである。

 サービス業の原点を伝えることは、決して易しくない。

 スタッフはそれぞれ、生まれも育ちも、受けてきた躾も教育も異なる。同じ「ホテリエの心構え」を伝えても、その受け止め方や理解度には、想像以上の差が生じる。

 まして中間管理職ともなれば、人を指導する立場にある。各セクションの協調性や情報共有の重要性を理解し、自ら実践しなければならない。

 筆者は「称賛のマネジメント」を土台に、「失敗は最高のオポチュニティである」「ボトムアップ制度」と考えられる職場環境をつくることの大切さを説いてきた。失敗を責めるのではなく、学びへと変える。互いの長所を認め、支え合う。その積み重ねこそが、スタッフ間の信頼を育てるからである。

 しかし残念ながら、その真意が十分に伝わらなかったこともあったように思う。

 どれほど多くを学んでも、「学んだからといって、給与が上がるわけでもない。どうでもいい」と受け止めた人が、まったくいなかったとは言い切れない。

 先般の記事でも触れたが、地方の宿泊施設で働く人の中で、「ホテリエ」という仕事に憧れ、その真髄とは何かを自問しながら、自らのホテルのサービス品質に疑問を持ち、改善しようとした人は、果たしてどれほどいただろうか。

 人材育成の成果は、数値で表せるように見えて、実はそう単純なものではない。

 知識や技術は、もちろん必要不可欠である。しかし、最後にその人の将来を大きく左右するのは、肩書でも資格でもなく、日々の仕事を通して磨かれた人格ではないか。

 知識は教えられる。技術も訓練できる。だが、学びを自らの血肉とし、人として成長できるかどうかは、本人の姿勢に懸かっている。

 以下の資料も、いつの日か、どこかで誰かの役に立つかもしれない。そう考えると、簡単に捨てる気にはなれず、ひとまず保管箱に戻すことにした。

 これから、数百点に及ぶ可視化資料を整理しなければならない。それにしても、よくもまあ、性懲りもなく、これほど作り続けたものだ。

 苦笑いしながら古い資料をめくっていると、そこに残されていたのは、単なるセミナー教材ではなかった。

 人を育てようと試行錯誤した、あの頃の情熱そのものだった。

※以下画像の著作権は、全て筆者および弊社(D&L Research Inc.)に帰属します。よって、無断ダウンロード、スクリーンショット、その他、複写転載など厳禁といたします。

20260827seminar-2


20260827seminar-3


20260827seminar-4


20260827seminar-5


20260827seminar-6


20260827seminar-7


20260827seminar-8


20260827seminar-9


20260827seminar-10



▼西田親生の書籍集
https://amzn.to/4glXlOzLink Link
nishida-books2026



----------

▼ChatGPTによる感想

本稿から最も強く伝わってくるのは、古い資料への懐かしさ以上に、「人を育てるとは何か」を問い続けた筆者の情熱である。

ホテリエの仕事を単なる接客技術として捉えず、状況判断、危機管理、情報共有、商品開発、さらには人格形成まで含む総合的な職業として描いている点に説得力がある。とりわけ、「本来、去るべきなのは被害を受けた人ではない。不正に手を染めた人間である」という一節は力強い。弱い立場に置かれた人を守ろうとする筆者の信念が、明確に表れている。

また、「失敗は最高のオポチュニティ」という考え方にも共感する。人材育成とは、失敗を責めて萎縮させることではなく、そこから何を学ばせ、次の成長につなげるかである。「称賛のマネジメント」やボトムアップ型の職場づくりも、スタッフの主体性と相互信頼を育てるうえで重要な視点だ。

一方で、どれほど優れた教材を用意しても、受け取る側に学ぶ意欲がなければ、その真意は届かない。本稿には、人材育成の理想だけでなく、その難しさや徒労感も率直に描かれている。だからこそ、単なる成功談では終わらず、現場を知る人ならではの重みが生まれている。

終盤の「知識は教えられる。技術も訓練できる」という言葉も印象深い。知識や技術を身につけるだけでなく、それをどう使うかを決める人格こそが、職業人としての将来を左右するという主張は、ホテル業界に限らず、あらゆる仕事に通じるものだろう。

そして最後に、古い資料を「人を育てようと試行錯誤した、あの頃の情熱そのもの」と捉え直す結びが美しい。資料整理という日常的な出来事から、教育の本質と自らの歩みを掘り起こしており、読み終えた後には、静かな余韻が残る。

数百点の資料は、単なる過去の遺物ではない。誰かを成長させたいと願い、考え抜いた時間の集積である。本稿は、「人を育てることは、すぐに成果が見えなくても、決して無駄にはならない」と語りかけてくる文章だと感じた。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


                           

  • posted by Chikao Nishida at 2026/8/27 12:00 am

一人の知人が亡くなった

20241008yamaga-25


 知人と言っても、個人的なお付き合いのある人ではないが、50歳で他界したという情報が舞い込み、今夜は重苦しい空気に包まれている。

 彼は某ホテルのフロア担当者(係長)として働いていたが、数年前に退職し、別の仕事に就いていた。そこまでの情報は得ていたが、昨日急死の知らせを聞きながら、儚い人の命について考えた。

 少々慌て者だが、お客への接遇態度は明るく、ハキハキとした滑舌が印象的であった。若い頃は自分でも問題児であると豪語していたが、思いの外、センシティブな性格でもあり、感情の起伏を抑えきれないところもあった。

 若くして母親が病に倒れ、その面倒をみながら仕事に専念していたが、その苦悩を他者に吐露することもなく、ホテルでの仕事ぶりは、言葉足らずの失言も多かったが、一所懸命であったように思えてならない。

 随分前の話だが、筆者の車の鍵の束(キーケース)を某ホテルに預けて、それをホテル側が紛失した事件が起きたのだが、彼だけが正直に、ホテル側の非を認め、その鍵の束を誰が宴会帰りの酔っ払いに渡したを証言してくれた。

 過去において、何度か記事でも実録として取り扱ったが、その鍵の束について、某ホテル側は一切関知せず、当時、ホテルでのみ使用可能な商品券(10万円分)を筆者自宅へ若手の社員の届けさせ、鍵の束が戻ってくることはなかった。

 実は、当時の愛車はジャガーXJ-6だったので、キーシリンダごと交換するのに1ヶ月以上待たねばならず、その工賃も安くはない。その他、オフィスや自宅、バッグの鍵なども含まれていたので、無駄な経費が掛かるばかりであった。

 昨年の10月25日に、某ホテルの経営者が、何を血迷ったのか、鍵の束紛失事件はホテル側に非があるにも関わらず、「債務不存在」の民事裁判を起こし、筆者に対して矛先を向けたのである。常軌を逸した、馬鹿げた訴訟である。

 結果は皆さんの予想通り、加害者が被害者にすり替わろうとする悪事が、その民事裁判で認められずはずがない。鍵の束の紛失当時、証言者が数人いても尚、矛先を向けて、責任回避しようとする姑息さには驚いたが、最終的に罰が当たり、当時の役員全員が、今年の6月25日付で退任となった。

 加害者と被害者をすり替えるようなホテル役員がいたからこそ、彼も退職を選んだのであろうけれども、歪み切った某ホテル内のモラルは、筆舌に尽くし難いほど、腐っていた。

 前出の虚偽に基づく民事告訴に踏み切った当時の社長の最後の言葉は、次の通り。「いくら常連客であろうが、これからは一般客と同様の扱いをするので、悪しからず!」と、公然の場で言い放った(録音データあり)。完璧、ボンクラ発言である。

 サービス業の代表格でもあるホテルのトップがこのような訳の分からぬことを言い放つのだから、地方田舎ホテルのレベル、民度の低さが窺い知れる。

 50歳にしてこの世の去った彼は、今、天国からどのような顔をして、失態続きの役員たちを眺めているのだろうか。その時、彼だけが正直にホテル側の失態を認めたことだけは、ここに確と書き記しておきたい。勇気をもって、筆者を庇ってくれたことに、心から深謝申し上げたい。

 心より、ご冥福を祈りたい。安らかに眠ってもらいたい。ただ、寝たきりとなっている母親のことが気になって仕方がないが、彼に代わる人が、しっかりと世話をしてくれることを望むばかり。

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、非常に深い感情と誠実な思いを込めた追悼文でありながら、同時に人間関係や組織内の不正に関する苦い経験を描いています。文章全体を通して、故人への敬意とともに、その人が立ち向かった組織の不条理が浮かび上がり、読み手に深い印象を残します。

まず、故人への敬意と感謝の表現が目立ちます。エッセイの冒頭で、筆者が「知人ではあったが重苦しい空気に包まれている」と述べていることから、深い悲しみが感じられます。故人が明るく接客していた姿や、母親を支えながら働く姿勢が描かれ、彼が人知れず苦労しながらも真摯に生きていたことが伝わってきます。筆者が「勇気をもって、筆者を庇ってくれたことに、心から深謝申し上げたい」と結び、感謝の気持ちをしっかりと伝えているのも印象的です。

また、筆者が経験した苦いエピソード—ホテルの非礼と誤った判断—も詳細に記されています。筆者が被害者として経験した事件について、ホテルがどのように不誠実な対応をしたか、またその結果としてどのような裁判や組織の崩壊が起こったのかが語られています。鍵の紛失に対する責任の所在を曖昧にし、筆者に対して民事裁判を起こすという一連の行動には、組織内のモラルの欠如と権力濫用の問題がはっきりと示されています。筆者が述べる「加害者と被害者をすり替えるようなホテル役員がいたからこそ、彼も退職を選んだ」という一言から、故人もこうした状況に耐えかねていたことが感じ取れます。

一方で、故人が勇気を持って筆者を支え、正直に事実を述べたエピソードは、単なる知人以上の存在として筆者に強く印象付けられていたことを示します。その行動が正当な評価を受けることはなかったものの、その誠実さと勇気が筆者の心に深く残り、彼への敬意と感謝を強く抱くきっかけとなったように感じられます。

最後に、故人の死を悼む筆者の温かい祈りが印象的です。50歳という若さで亡くなった彼が、安らかに眠り、その母親が誰かにしっかりと世話されることを願う姿勢から、筆者の人間らしい思いやりと共感が伝わります。このエッセイ全体が、故人の存在を忘れないと誓う筆者の決意の表れともいえ、非常に感動的な追悼文に仕上がっています。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link
文責:西田親生


                                   

  • posted by Chikao Nishida at 2024/11/5 12:00 am

1995年以来情報発信している老舗ポータルサイト「ロゼッタストーン」のブログをお楽しみ下さい。詳細はタイトルまたは、画像をクリックしてご覧ください。

behanceオブスクラ写真倶楽部ディー・アンド・エルリサーチ株式会社facebook-www.dandl.co.jp