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2008/08/30 コラム・雑感
色白の車掌さん
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色白の車掌さん

 父の転勤で宮崎市へ移り住むことになった。南国宮崎は道が広く一直線で、道沿いのフェニックスが異国情緒を醸し出していた。家族の住む官舎は宮脇町の法務合同宿舎。当時は宮崎県立体育館の傍にあった。

※左はイメージ写真。

 4月から中学生。筆者は宮崎中学校へ入学することが決まっていた。官舎から南に巨大な宮崎刑務所(現在、移転している)があり、5メートルほどある背の高い灰色のコンクリート外壁沿いに延々と続く通学路。30分ほど歩くと同中学校へ到着する。

 或る日の雨の朝、少々風邪気味で熱がありバスを利用することにした。宮脇町バス停で路線バスを待った。暫くすると濃紺の宮崎交通バスが来て、ドアから色白の車掌さんが降りて来た。当時は路線バスにも車掌さんが乗っていたのだ。

 初めて乗る路線バス。宮脇町バス停から昭和町バス停まであっという間に到着。確かバス代が当時10円だったと記憶する。筆者はポケットの小銭入れから10円玉を取り出し、運転手さんの左側料金支払い箱にチャリンとコインを入れてバスを降りた。

 バスに乗っていた僅かな時間。その車掌さんはずっと筆者の顔を覗き込むように、微笑みながら見ていた。何かご飯粒でも顔に付いているのかと、慌てて自分の顔を両手でなぞった。何も付いていなかった。「僕と同じくらいの弟が居るんだよ!」と言って、昭和町バス停で筆者を見送ってくれた。

 遅刻しそうになった時、またいつもの路線バスに乗り込んだ。あの色白の車掌さんが乗っている。慌てて行ったので小銭入れに10円玉が無く、100円玉を支払い箱手前にある両替機に入れて、下からパラフィン紙に包まれたお金を取り出し、そのままバスを飛び降りた。

 教室の自分の机上でパラフィン紙を開くと・・・何と10円玉が10個入っているではないか。筆者は、100円を入れると自動的ににバス代が差し引かれて90円がパラフィン紙で包まれて出てくると思い込んでいた。

 現在の両替機や自販機では当たり前の機能であろうが、当時を振り返ると・・・おつりが自動的にパラフィン紙に包まれて出てくることに無理があり、短時間にパラフィン紙に包む機械であるのなら、凄い特許であったろうと・・・。机上のパラフィン紙を閉じながら、少々赤面気味の筆者であった。

 それから数日後、またバスに乗った。いつもの車掌さんに「すみません。先日バス代を払おうと思い、100円入れてそのままバスを降りたので、先日分を含めて20円払います!」と、筆者の思い込みの理由を添えて話をした。恥ずかしさの余り、筆者の顔は火照っていた。

 色白の車掌さんは笑いながら、「まあ、正直に有り難う。そんなに便利な両替機だったら良いのにね!」と20円を受け取らず、「今日からはお金は要らないよ!私の弟だから。ねっ!」と言って、筆者をさっさとバスから降ろしてしまった。

 何度もバスに乗るたびに10円玉を差し出す筆者であったが、筆者の手を押しのけて頑なにバス代を払わせてくれなかった。たぶん筆者の代わりに毎回バス代を立て替えているのだと思った。それからいつもの路線バスを利用することを避けるようになっていった筆者であった。

 2学期も終わる頃。父が官舎に帰って来るや否や、「先日、旧友の○○検察官が病気療養中に他界したので、○○検察庁へ転勤願いを出しておいた。魚も釣れるし、住むには良いところだ。・・・たぶん12月27日頃までに家移りするだろう。」と言った。「冗談でも自分の趣味で転勤地を決めるなよ!」と穏やかでない筆者であった。

 気になっていた色白の車掌さんの顔が急に浮かんできた。大変世話になった車掌さん。母にはその経緯(いきさつ)を話していたので、母と御礼かたがた朝からバスに乗り込み、プレゼントを渡すことにした。

 久しぶりに路線バスに乗る筆者であった。あの車掌さんは元気にしているのだろうか?いつもの時間にいつもの路線バスが目の前に停まった。「あれ、いつもの車掌さんじゃない!」と母に言った。今でも鮮明に車掌さんの顔は覚えているが、御礼の言葉を言わないままの転校となった。

 父の趣味のお陰で!?、3学期から○○中学校へ通うようになり、官舎から学校まで近かったので路線バスを使うことはなかったが・・・今思い起こせば、バス酔いの激しい筆者が、よくもまあバス通をしていたものだと思い出し笑いをしてしまう次第だ。
? 登録2008/08/30 18:11:23  更新2008/10/06 06:03:45   

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