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LINEやMessengerなどでは、配慮ある活用法を実践せよ!自分スタンダードを貫くと、必ず、トラブルの元になる。

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 筆者はICTプロを本業としているので、WebやBlog、メタバース(仮想現実世界)、SNSの代表格であるFacebook、Twitter、Instagram、LINEなど、全てを把握しておかねばならない。その中で、想定外にトラブルに遭遇するのが、SNSである。

 例えば、人と人とのコミュニケーションを支えるLINEやMessengerなどについては、文章(テキスト)は読めるが、抑揚が伝わるような文章力ある人が少ないために、読み手に誤解を与えたり、又は、返信を受け取り誤解が生じる事もしばしば。

 誤解が生じないためには、絵文字などのサービス利用も考えられるけれども、ビジネスにおいては、よっぽど親しい関係でない限り、絵文字を使うものではない。本来ならば、肉声を聞きながら、言葉の抑揚と共にしっかりと耳を傾ける方が、短時間で真意がダイレクトに伝わってくる。

 SNSに対する価値観や活用法は、人それぞれ。全てのSNSには、「公序良俗に反する内容はタブー」や「ルール」を除けば、絶対基準というものは存在しない。そもそも基準は自分自身の判断によるものであり、日々試しながら積み重ねて行くものなので、結局、人それぞれのスタンダードが構築されることになる。

 更に、「既読」について、大変気にする人も出てくる。仕事や重要事項についてのメッセージであれば、「既読」を確認することで、送る側は安堵する。しかし、井戸端会議が連綿と続いているような場合は、急に寝落ちすることもあるので、早急な「既読」を期待するものではなく、「既読」になっていなくても苛立つ必要もない。公私混同しないのが鉄則だ。

 時に、LINEやMessengerにおけるグループについては、感情的になった人がギャーギャーと肉声で叫ぶが如く、厳しいメッセージを突きつける場合がある。それが他の読み手の心を傷をつけたり、恐怖心を煽ったりする可能性も無きにしも非ず。

 自戒を込めての話だが、グループ内でのメッセージは、冷静沈着にて情報共有する事が重要。ただし、ビジネスグループにおいて、日頃から聴く耳持たず、無関心さを醸し出している人がいれば、そのグループからさっさと外した方が、皆がまとまり、円滑に事が運ぶようになる。

 以下は、10年以上も前の話。熊本県内の或る地域で、年配女性が管理者となり、Facebookグループ(女性のみのグループ)を立ち上げた。ところが、グループ内でトラブルが生じ、激昂した管理者が突然そのグループを無言で抜けたと言う。旦那さんは著名な人物だったので、妙な噂が流れ、イメージダウンになってしまった。

 以上のように、SNSというものは、兎に角、誤解が生じやすいツールとして認識しておく必要がある。意思伝達ツールというものは、それだけが絶対的な存在ではないので、時にはアナログ思考を駆使して、しっかりとしたコミュニケーションを採る工夫を怠ってはならないということになる。

 何でもかんでもデジタルに依存していると、前例のようなトラブルが生じ易い。よって、デジタルは、あくまでも生活便利ツールとして、常にモラルを持って利用される事をオススメしたい。

 当然、見知らぬ第三者からの接点を求める悪質なアプローチについては、完全遮断をすべきである。万が一、巧みな美辞麗句に釣られてしまうと、事件事故に巻き込まれる可能性が高くなる。よって、常に危機管理を意識して対応するのが、身のためとなる訳だ。


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写真・文責:西田親生

                     

  • posted by Chikao Nishida at 2022/7/15 12:00 am

物事の順序や距離感をシミュレートできない人は、非常に危険でもあり、トラブルメーカーになり易い。

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 コンビニの駐車場を考えてみる。コンビニの敷地内から公道へ出ようとしている車があるのに、公道から突っ込んでくる人がいる。駐車場は箱物だから、一つの箱が空かなければ、次の車は入れないというシミュレーションができないのである。非常にシンプルな物事の順序だが、それが分からぬノータリン(死語)加減。

 百貨店などのトイレについて考えてみる。中に人がいれば、ドアノブに使用中のマーク(赤印)が付いている。ところが、強引にドアノブをガチャガチャと回そうとする人がいる。それは、使用中のマークを確認していない証拠。通常、トイレに人がいれば誰しも気配を感じるが、その辺の脳内センサーも働かないノータリンである。

 人流が多い時に、大抵の人は目的地まで最短距離に歩き進もうとする。そこが狭い路上であれば、必ず、逆方向から突進してくる人と出会す。そこで肩が当たろうものなら、喧嘩を売る人も出てくる。そこで、互いに「あ、失礼しました!」と言えないのである。これまた、ノータリンである。

 コロナ禍の時代となり、適正な距離感はある程度保たれるようになりつつあるが、何かを待つことで並ばざるを得ない時に、背中ぎりぎり立って、その吐息やら咳、くしゃみが自分のうなじや背中に当たる時がある。とても気分の良いものではないが、その距離感が分からぬ人は、これまた、ノータリンとなる。

 スーパの弁当売り場で、何度も何度も同じ種類の弁当を手に取って比べている人がいる。衛生面についても非常に悪いが、同じ弁当は同じ食材、同じご飯が入って、同じ値段である。手に取る前に、上からじっくりと眺め、これと決めて手に取れば良い話だ。観察力と決断力に欠ける、これまた、ノータリンである。

 例えを挙げればキリがないけれども、結局、ちょっとでもトラブルを起こし易い人は、「物事の順序が分からない」、「距離感が分からない」、「観察力に欠ける」、「決断力に欠ける」など、自己中心的な挙動を優先するが余り、第三者への『配慮』がないから、このような失態を繰り返す。心に余裕が無い人ほど、その失態は常態化している。

 ずる賢いと言われる人は、ほぼルールを守らない。花見の場所取りのスタート時間が決まっていても、何日も前からブルーシートなどを持ち込んで、占有する人たち。そういった人ほど、シートはそのまま、ゴミを散らしたまま帰る。公園やその他施設の場所取りなど、くじ引きでやれば何も問題はない。「ネットであみだくじ」が公平であり、円滑に事が進む。勿論、現地で30分以上遅刻した場合は、他に譲れば良いだけの話である。

 民度が低いと言えばそれまでだが、社会人として不特定多数の人たちと、直接間接、何らかの関わりを持って暮らしているのだから、いろんな場面でのシミュレーションは、幼い頃から訓練しておくべきである。小学校の「道徳」では、そのような具体例を挙げながら、少しでもトラブルを引き起こさぬよう、しっかりと躾や教育が必要ではないか。

 畢竟、折角この世に生まれてきたのであれば、ノータリンな人生は送りたくはない。しかし、それに気付かずノータリンな一生を猛進すれば、我が人生は『ノーリターン』となってしまう。


▼熊本ホテルキャッスルの赤鶏熱々蕎麦(ランチタイム)
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  • posted by Chikao Nishida at 2022/7/14 12:00 am

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