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機械ものは壊れる・・・

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 1週間ほど前のこと、電話中に左耳が急に熱くなったので、電話終了後にiPhoneを見たのだった。何と、表面液晶部分の上部が捲れ上がってきて、内部が覗き込めるほどに開いていたのだった。これは2年2ヶ月前に購入したiPhone5S(docomo)である。4年は壊れないと思い込み安心していたが、こんなに早くバッテリーが膨れ上がり、液晶部分が捲れるとは予期もしていなかった。

 もう1台のiPhone(SoftBank)も3年以上経っているので、同じような現象が起こると業務に支障があると思い、SoftBankのショップへ行ってiPhone 6Sに、更に、ドコモショップへ行ってiPhone SEに交換することにした。正直言って、携帯ショップに行くのは、時間の無駄でもあり大嫌いなのだが、仕方なく2日ほど無駄な労力と経費、時間を費やすことになった。

 現在のスマホは、10万円前後。それが2年程度で壊れては、ちょっと考え込んでしまう。毎月の契約料も含めて、10万円のスマホを2年縛りで購入すると、1年間に20万円ほどが吹っ飛んで行く。仕事柄、2台を保有しているので、40万円もの通信費を負担せざるを得ない。これでは、国内の通信キャリア数社が儲かるばかりで、消費者への負担は一方的なものとして、通信費の見直しなど、国からの指導をより強力にすべきではないかと思った次第。

 パソコンでも、今は10万円〜20万円ほどで購入出来る。大切に使っていると5年ほどは十分に動くのだが、それを考えるだけでも、携帯電話の商売が一番儲かる仕組みとなっていることに対して、国の指導が弱いのは如何なものかと・・・カルテルでも?と疑ってしまうのである。

 そうしている内に、テーブルに置いていた3台の一眼レフの1台NIKON D600(フルサイズ機)が、テーブルから落っこちてしまった。勿論、原因は筆者にある。テーブルに足を置いて、ちょっと居眠りをしていた時、足が1台のカメラストラップに掛かり、その勢いで、重い1眼レフカメラが軽々と放物線を描いて、すっ飛んで行った。ガツンと何か嫌なことがした。思った通り、ミラー部分が半開きの状態となって、撮影不能となってしまったのだ。

 以前、同じようにNIKON D800を落としたことが2度あるけれども、流石に頑丈に作ってあるのか、それは今も元気いっぱいに活躍してくれている。砂塵にも強く、防滴なので、砂漠でも水辺でも温泉でも問題なく撮影できる強者である。しかし、D600は元々曰く因縁の商品のようで、発表まもなくリコールがあり、すぐにD610が出たので、なるほどと頷いてしまった。

 機械ものは、特に精密機器は、よほど慎重に取り扱わなければ、簡単に壊れてしまう。だから、壊れるのを覚悟で、サブ機を数台もつ必要があるのだが、精密機械であるからこそ、カメラの取り扱いは用心すべきだったと反省している。よって、近場のカメラ専門店にD600を預け、修理をすることにしたのだった。下手すると数週間は戻って来なさそうな・・・。

 機械ものの良さは、壊れても修理ができたり、古くなり動かなくなっても、それに見合う新しいものを購入することができる。しかしながら、デジタル時代となり、デジタルデータを壊したり紛失してしまうのが、一番ショックが大きい。それは、復元不能となった場合、どんなに札束を積んだとしても、データは蘇ることがない。よって、バックアップを常に行う癖をつけなければならないと言うことだ。

 今回、次から次に起こった機械ものの故障や不具合。・・・かなりショックも大きく、無駄な労力に疲れもあった。ただ、常にサブ機を保有し、仕事に支障がないようにしていたので、それはそれとして、普段の慎重さが功を奏したような気がしてならない。


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  • posted by Chikao Nishida at 2016/8/28 12:00 am

自分が幸せなら、人も幸せにできる!

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 人の幸福感は千差万別。

 食べ物で飛び上がって喜ぶ人、絶景を眺めながら絶叫する人、恋人と一緒に過ごすひと時にまったりする人、趣味に集中してニンマリする人、純愛小説を読み終えてウルっとする人、愛車を運転して心地よさに包まれる人、五つ星ホテルに滞在してゴージャスさにうっとりする人、家族の健康を確認してホッとする人・・・人、それぞれである。

 それぞれに幸福感の色なり質なり深さなりが異なるが、その人なりに満足するものがあれば、それで十分幸福だと言える。

 ここで、「幸」の語源を紐解くと・・・平たく言えば、「運良く自由である」ということになる。それが長い歳月を経て、現在の「幸運」とか「幸福」という熟語となっている。よって、現在は、人の心を思いのまま集中させ、更に、心を解きほぐしてくれるものが「幸」となる。例えば、都会の喧騒から逃れ、大自然の中に身を投じるのも、一つの「幸」となる。所謂、瞬間移動を行い環境を変えることで、リフレッシュできるという幸福感である。

 人は、自分一人で幸福感に浸ることができる人も居るには居るが、その幸福感を共有することで、それは数倍増することになる。そこに、素晴らしい対人関係が介在すれば、もっと大きな幸福感を得ることが可能となる。畢竟、幸せ一杯の自分自身があれば、それは自然と言葉にも表情にも滲み溢れ、対人関係がより一層素晴らしいものへと育って行く。つまり、幸福感の共有があれば、相手も自ずから幸せになるというポジティブな連鎖反応が生じる訳だ。

 日頃からの自分自身の背中をじっくりと客観的に見てみよう。背中を見て、笑い転げるほど楽しかったら、その人は「幸」を持っていると言える。・・・きっと、人を幸せにできる何かを持っていることに・・・。万が一、持っていないとすれば・・・先ずは、自分自身が「幸」を得るように、生き方を変えてみたらどうだろうか。それも、意地汚く、人を騙したり、人を見下したりの醜態を曝け出すような捨て鉢な手法ではなく、人を尊び大切にするベクトルで動かれては如何だろうかと。

「幸」とは、独占して自慢するようなものではなく、皆と共有して、はじめて「幸」となるものである。


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  • posted by Chikao Nishida at 2016/8/26 12:00 am

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