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親を取るか、仕事を取るか!?・・・我が半生における最大の采配ミス。

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 1995年にインターネット事業を本格化する決断を下した。まだ、国内ではホームページを持つ企業は1000社あるかないかの、インターネット黎明期である。

 日本経済新聞社が初の全国インターネット参加企業のURLを収めた書籍を出版した。勿論、そこには当社サイトも掲載されていたが、まだまだ、インターネット自体が何物なのか、懐疑的に見る人の方が圧倒的に多かった。

 例えば、サイトの名称も色々で、毎日新聞社のサイトは『ジャムジャム』、リクルート社のサイトは『ミックスジュース』といった具合である。因みに、当社は『The Rosetta Stone』としていた。

 NTTも現在のようにOCNなど存在せず、クラスCのレベルにて、インターネットの動向を静観していたように思えてならない。

 当社へ、既に、東京の大手旅行社や某航空会社システム関連から打診が来ていた。よって、1996年の年明けには熊本から東京進出を図り、渋谷を拠点にインターネット事業をより本格化の準備をしていたのである。

 1995年12月5日、熊本市内にある当時のニュースカイホテル(現在のANAクラウンプラザホテル熊本ニュースカイ)にて、大々的にインターネット講演会が催され、そこで筆者も講演者三人の一人として、話をさせて頂いた。

 数百人集まったインターネット講演会。講演終了後に、何故か胸騒ぎがしてならない。実は、母が糖尿病の合併症にて腎臓を悪くし、2ヶ月半ほど入院中であった。

 インターネット事業本格化の動きのために多忙を極め、一度も入院中の母を見舞っていなかった。ところが、この日だけはどうもモヤモヤしており、胸中に鉛の玉があるように息苦しかった。

 よって、午後8時前に、母の入院先の病院へ足を運び、様子を伺うことにした。部屋に入ると、憔悴しきった母の姿が眼前にあった。父の話では、回復に向かっているとのことだったが、真逆の様子に愕然とした。

 筆者が風邪気味と聞いて、母が渡してくれたのが『うがい薬』。何とも、入院患者が見舞いにきた人間へ薬を渡すなんぞ、聞いたことがない。それから母に挨拶をして、オフィスへ向かった。しかし、帰社しても胸騒ぎが収まることはなかった。

 翌日のことである。あまりに気になるので、昼過ぎに病院へ電話を掛け、母と話すことができた。僅か数十秒しか話せなかったが、電話を切る間際に、母曰く「死ぬとは思わないけど、立っているのが辛いので、電話切りますよ。インターネット事業頑張ってね!」と。プツッと電話の切れる音がした。

 次第に胸騒ぎはより強くなって行く。そして12月7日の深夜午前0時半頃に病院から連絡が入り、母の容体が悪化し、瀕死の状態であると言う。残念ながら、筆者の胸騒ぎが的中したようだ。

 病室へ駆けつけると、母の口や鼻には管が差し込まれ、既に意識不明の状態に陥っていた。何度か声を掛けても、母は微動だにしない。ただ、不思議だったのは、瞑っている眼から涙が滲み出てきたのである。

 もしかすると、筆者の声が聞こえているのかも知れない。痛かろう、苦しかろうと思いつつ、声を掛けることを止めることはなかった。しかしながら、午前3時半過ぎに心電図の波形が止まり、ピーッという音とともに、担当医の「ご臨終です」の一言が聞こえてきた。

 前置きが長くなったけれども、本日のお題はこれからとなる。

 翌年1996年にインターネット事業の拠点を東京渋谷に移転する予定が、この母の死で、どうすべきかに迷いが生じてきたのであった。

 父曰く、「墓守は誰がするんだ!?」と聞かれると、「渋谷で遣るから、お父さん遣ってよ!」とは言い難い。それから一週間ほど考え込んだ末に、拠点を東京へ移すことを諦め、熊本市内でインターネット事業を継続することを決断したのである。

 それは、今思えば、母の最後の言葉である「インターネット事業頑張ってね!」を裏切ることになったのかと、今も尚、悔いばかりが残る、当時の決断。

 今だからこそ言えることだが、母を思い、父を思い、自らの意志で事業展開をしつつある中で、分水嶺に立たされ、決断したことが裏目に出たように思えてならない。

 しかし、その当時の筆者の決断が正しかったのか否かは、筆者本人でさえも判断できない。

 ただ、若い方々がこれから起業する上で、いろんな障壁があったり、不慮の事故などで支障が出てくる可能性も無きにしも非ず。しかしながら、今の筆者が言えることは、『全てを払い除けてでも、夢実現に向けて爆走せよ!』と申し上げたいのである。

 『たられば』の世界ながら、1995年以来継続中であるインターネット事業ではあるが、筆者の半生における、最大の采配ミスであったと感じている。

 何故ならば、Yahoo Japanもライブドアも、本格始動は1996年7月1日以降だったと記憶している。黎明期であるが故に、当時のインターネット事業成功の可能性は絶大なるものであったに違いない。

 末筆ながら、母から貰った赤いキャップの『うがい薬』は、27年の歳月を経て、今も尚、洗面所のボックスの中で生きている。


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文責:西田親生

                                       

  • posted by Chikao Nishida at 2022/10/25 12:00 am

『SNS』、『METAVERSE』の限界。・・・『仮想世界』から『現実世界』へ回帰の兆候!?

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 筆者が『SecondLife』に着手したのが、2007年の春。自分のアバターを作って『仮想世界』に入り込み、世界中の『アバター』とコミュニケーションを交わす(肉声でもテキストチャットでも可能)ものであった。

▼SecondLife公式サイト
https://secondlife.comLink

 その『仮想世界』では、日々、リアルタイムに何十万人もの『アバター』が働き、遊び、時には住居やビル、世界遺産の建造物、F1コースなど、あらゆるものを創造できるパラダイスのような時空を楽しんでいた。

▼『現実世界』と『仮想世界』(※複写転載は厳禁)
real-virtural



 『SecondLife』は、今話題となっている『Metaverse』のご先祖のようなものだが、15年後の現在も続いているところが素晴らしい。

 筆者は、『Kumamoto Japan』というSIMを2ヶ所保有し、実寸大の熊本城(大天守、小天守、宇土櫓)や芝居小屋 八千代座を、スタッフ総動員にて、『仮想世界』の中に建造して行ったのである。

 本日のお題であるが、『現在世界』を席巻している『SNS』と『Metaverse』を直視しながら、今後の我々のネット世界がどう変わって行くのかを予測してみたいと考える。

<『SNS』について>

 先ず、『SNS』の変遷を語ればキリがないが、過去においてブームを引き起こしたものには、和製の『MIXI』、海外物では『MySpace』、『Facebook』、『Twitter』、『Instagram』、『LINE』など、多くの『SNS』が我々の身の回りに『生活必需品』の如く、スマホやタブレット、そしてパソコンにインストールされている。

 どれもこれも、一度隆盛を経験しては、衰退。衰退しては、また新たな『SNS』と、数年おきに入れ替わり立ち替わりの連続であった。

 世界的ブームを呼び起こした『SNS』は、利便性もあり、仲間との共有財産の如く、日々、『メッセージ』、『絵文字』、『音声メッセージ』、『ビデオ会議』、『写真』、『動画』などを、無秩序に情報開示し、赤の他人の眼にも触れることもお構いなしに、『個人情報漏洩』に自ら手を染めている可能性もある。

 『SNS』は、その利便性と視覚や聴覚の刺激を求めて、どんどんとエスカレートして行く。この時点が『最高潮』、『大ブーム』と報じられるのであろう。

 その『利便性』については、非の打ち所がないほどに、システムも良くできている(些かバグはある)。利用する人間が、どんどん嵌るような、見えない『トラップ』も、上手い具合に仕組まれている。

 ただ、『利便性』のみならず、『安全性』や『危険性』を、十分把握して利用している人がどれだけ占めているのだろうか。多分に、「便利だからいいよね!」を合言葉に利用する人が圧倒的に多いはずだ。

 そこで、見知らぬ人からの『メッセージ』を受け取り、安易に返事をしてしまい、初顔合わせの約束をする人も出てくる。挙げ句の果てに『事件事故』に巻き込まれ、今まで平穏無事なる生活をしていた人の人生が狂ってしまうのだ。最悪の場合、『殺人事件』で絶命する人も少なくはない。

 筆者が、ZOOM研修などで口を酸っぱくして言うのは、「見知らぬ人へはアプローチするな!」である。プロフィール写真はエフェクトバリバリのものが多く、実際の人物とは程遠いものばかり。履歴も虚栄に満ちた、自画自賛のものばかりである。

 スマホやタブレット、パソコンを介して、『ZOOM』などで会話をするのは一向に構わないが、そこには、単なる遊び感覚の『出会い』を求める人や、根っからのストーカーの『罠』などが潜んでいる訳で、到底、『安心安全な環境』であるとは言い難い。

 プロとして物を言わせて貰えば、使い方次第では、『とても、危険なツール!』であるとしか言いようがない。

<『現実世界』と『仮想世界』>

 上図をご覧頂きたいのだが、これは簡単に『SNS』と『仮想世界』を、筆者なりに描いたものである。

 左が『現実世界』、右が『仮想世界』。双方に比較してみると、『現実世界』では、『現実』と『実像』であり、一人の人間が日頃から鏡に映る自分の実寸大の姿である。

 右は、日頃の生活から『現実逃避』を可能とする、『仮想世界』を描いている。そこには、『現実』とは真逆の人物像であったり、理想的な姿であったりと、『虚像』、『空想』、『夢』などが入り乱れた、パラダイスとなっている。

 よって、『仮想世界』では、『実像』とは異なる『アバター』同士のコミュニケーションは可能とあるが、『実物』とは異なるが故に、相手を『美化』、『理想化』してしまい、気づかぬ内に、『共感』したり『恋に落ちたり』する人も多い。

 『おとぎの国』に慣れ親しむことで、感覚が麻痺してしまうのか、全てを『美化』してしまうという、大きな『罠』に嵌ってしまうのである。

 元々、『出会い系』と思い込んで、ストーカーのような『挙動不審者』が沢山存在するのは否めない。特に、『仮想世界』で1対1となれば、その場で『口説き』が入ったり、急な『Face to face』へのナンパがあったりと、『危険地帯』、『無法地帯』への誘(いざな)いがゴロゴロ転がっている。

 『SNS』にしても、見知らぬ人が圧倒的に多いのだから、どこの誰それと特定できるもの以外は、全てに『信憑性』はないと言っても過言ではない。ほぼ、『虚栄』、『虚像』を見せられるだけの話である。

 結局は、『SNS』にしても、『METAVERSE』にしても、利用者が『モラル』を持ち、常に『危機管理センサー』にスイッチを入れて、身の安全を図るのは自分しかいないと、言い聞かせるほか方策は無い。

<『SNS』や『METAVERS』の終焉の時!?>

 どの『SNS』にしても『METAVERSE』にしても、利用者に飽きが来れば、急激にその世界は縮小でしまい、ジリ貧と化す時期が訪れる。

 特に、上述のような『事件事故』が多発したり、『プロパガンダ』に悪用されたり、『個人情報』がやたらに吸い込まれたりして、ビッグデータとして利用されるのであれば、現在の状態は、『安心できないネット世界』へと突入しているだけの話となる。

 操る、操られるは自由だけれども、結論としては、『自分に必要不可欠なツール』とは何かを確と判断して、常に慎重に取り扱うことをオススメしたい。

 先ずは、画面の向こうの『人物』または『アバター』が、『安心安全』であることは大前提となる。未成年者には、特に強く言いたいところでもある。

<『SecondLife Kumamoto Japan』について>

 因みに、筆者が主催していたい『SecondLife Kumamoto Japan』では、初めての『オフ会』を開催する時、参加者全員に『履歴書』及び『名刺』の提出を願って、全国各地で『オフ会』を開催した経緯がある。

 お陰様で、『仮想世界』から飛び出してきた『アバター』が、現在は、素晴らしい『現実世界』にて、素敵なコミュニケーションを取り続けている。

 既に、15年が経過したけれども、手前味噌だが、これこそ『健全なるネット活用』と言えるのではなかろうかと自負している次第。

 最後に、現在世界を席巻している『SNS』や『METAVERSE』の中で、『危険性の高いもの』は、急激に衰退の途を辿りはしないかと推測している。

 では、本日は、ここで筆を置くことに。
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図・文責:西田親生

                                       

  • posted by Chikao Nishida at 2022/9/13 12:00 am

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