
 起業して29年間を振り返ると、まさしく「金の切れ目は縁の切れ目」を実感したことが多かった。しかし、それよりも「思考の偏りに伴う言葉の怖さ」の方が圧倒的に多かったような気がする。
 所謂、去り際の「捨て台詞」である。妙にプライドばかりが空回りする人や、過去のプロセスなど無視する人に多い。恥も外聞も無いのか、偏った持論を展開している間に、自ら激昂して、絶縁へと直走ってしまう。
 記憶に新しいのは「金払わんなら、親兄弟にも料理は作らんですよ。」と。流石に、私もこの言葉には驚きを隠し切れなかった。唐突に、それも興奮気味に発した言葉。取り返しはつかないが、敢えて、時系列にて詳細を書き記した書簡を渡したが、完全無視。
 元々、民度が低いのか、書簡に対する扱いも軽々にて、心が伝わるはずがない。そこで、その人物の価値は奈落へと落ちてしまった。また、公私共にお付き合いしていたはずが、「しがらみ」という言葉を用いて、その場を去った人もいた。
 言葉とは、すこぶる怖いもので、長年培ってきた信頼関係を瞬間的にひっくり返してしまう魔力がある。それも言葉次第では、こちらに全て非があるかのような論理展開にて、正直なところ、理解に苦しむことばかりである。
 多分に、「プライドが許さない」が一要因だろうけれども、歪みきったプライドならばさっさと捨てて、良好な関係を維持するのが大人と言える。人それぞれに、家庭環境なり、仕事環境なりの変化で、人生の歯車にズレが生じている間に、知らず知らず、ベクトルが歪んでくる。
 昔は、「頑固者」、「一徹者」、「拘り人」とは、ウェルカム領域に住む人として捉えていたのだが、どうやら一概にそうとは言えなくなった。一つの世界に入り込むと、どうしても視野狭窄にならざるを得ないのだろうと。
 人生、常にマクロ思考にて大局的に物事を考察しなけれならぬと、考えさせられてしまった次第。「来る者はやや拒み、去る者は追わず」が正解なのだろうと・・・。

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