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質の高いランチを選ぶ!

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 今日は、「ランチ」について考えてみた。

 熊本市は、グルメ通にとっては、すこぶる魅力ある処であると、私なりに思っている。阿蘇山からの豊富な伏流水があり、ほとんどの市民がその恩恵にあずかり、更に、山海川のありとあらゆる食材に恵まれている。よって、街中のビジネスマンやOLは、日々、安くて美味しい和洋中のランチにありつける訳である。

 しかし、ここで注意しておかねばならい事がいくつかある。それはランチに選ぶレストランの、私なりの「選定基準」をお話ししたい。

 まず、ランチとディナーの食材が全く異なるレストランがある。例を挙げれば、夕飯で立ち寄った寿司店がお気に入りとなったものの、ランチタイムに立ち寄ると、そのネタが最悪で情けなかった。質より量を重んじ、原価を極端に下げて、宣伝に繋げているだけの話である。・・・郊外にある回転寿司の方が、ずっと美味しいのではないかと思ったくらいだ。

 如何に値段が安かろうが、手抜きはいただけない。また、ハンバーグやステーキも、ランチの物は薄くて固い肉を使用し、食感がダンボール箱ような劣悪なものもある。よって、上質の料理をランチタイムにも提供しているレストランを選ぶのが、グルメ通である。

 私がよく足を運ぶレストランは、ランチとディナーに殆ど格差がない。かと言って、ランチの食材の手抜きをしているところなど、当然の如く、皆無である。更に、料理も納得の行くリーズナブルさを維持しており、目に見えぬのところで、顧客に対して料理人としての「真心」を提供しているのである。

 二つ目の注意点。・・・それは、衛生管理がしっかりしているレストランであるか否かが重要なポイントとなる。特に、厨房や器、レストルームなどの清掃が行き届き、シェフコートなどもしっかりと洗濯されているかを、「選択基準」に加えればよいと考える。

 数年前の事。・・・ある日、知人の招待で某ホテルの中国料理を食しに行ったことがあった。「贅沢フカヒレ三昧コース」だったが、食事を済ませ、帰り際に料理長が見送りに来てくれた。通路が若干暗がりであったものの、その料理長のシェフコート、エプロンが真っ黒に汚れまくっていたのだ。大したフカヒレ料理でもなかったので、その場で「なるほど・・・」と頷いたのだった。

 特に中国料理は、中華鍋を振りながら油が燃え上がり、確かにシェフコートは汚れやすいけれども、それが今さっき付いた汚れなのか、随分の間洗濯がなされず汚れているものなのかは、料理の素人である私にでもすぐ分かる。

 三つ目の注意点。それは、食事は笑顔、会話によって、味も変わってしまう。折角のお楽しみのランチであれば、ポジティブで愉快な人たちとの食事が、ずっと美味しく感じられるのは当然のことである。また、仏頂面をしているシェフの顔を見て食す料理ほど、不味いものはない。

 全く関係のない話だが、全国フォトコンテストにおいて、「笑顔が当選しやすいんですよ!」と、或るプロ審査員の話を聞いたことがあった。笑顔はすべてをポジティブなベクトルへと軌道修正してくれる訳で、日々のランチにおいても、満面の笑みありきのランチタイムを楽しむべきであろうと・・・。


▼水前寺東濱屋の特上鰻
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▼熊本ホテルキャッスルのローストチキン+サラダ
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▼ちゃぶ台のランチ
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【ディー・アンド・エルリサーチ株式会社公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/dandl/Link

                   

  • posted by Chikao Nishida at 2015/11/8 11:18 pm

あんなに魚から逃げていたのに!

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 生まれたのは、熊本県北部の温泉町 山鹿市。山鹿中心街は、北側に西から日輪寺山、震岳、不動岩などが盾となり、南は広大な田園地帯が続いている。温泉は800年の歴史を持ち、九州最高峰の泉質として名高く、温泉愛好家たちが全国から訪れる。また、夏場は山鹿灯籠祭りが8月15日・16日の二日間にわたって開催され、昔々は、県内外から50万人の観光客が足を運んだこともあった。

▼「山鹿温泉郷」弊社情報
 http://www.dandl.co.jp/gold/yamagakanko/Link

 12歳まで、その山鹿に育ったために、山の幸、川の幸には恵まれていたものの、新鮮な海の幸とは縁がなかった。当時、現代の冷凍技術があれば、それなりに新鮮な海の幸にありつけたのかも知れないが、昭和30年代は、魚となれば、リヤカーの行商が山盛りの氷と塩を積んで、その中に有明海の魚介類をぶっ込み、売っていた。一般的な魚といえば、塩サバがスタンダードな海の幸の一つ。塩焼きにする魚を七輪にのっけて、内輪でパタパタと焼かれていたのだろうと・・・。

 勿論、川の幸は豊富で、天然の鮎、鮒、鯉、鰻、スッポンなどは一級河川・菊池川に行けば、いくらでも獲れた。山手の小川には沢蟹がうようよしており、田舎の親戚の家に遊びに行くと、内子を含んだメスの沢蟹をそのままぶっこんだ、蟹飯が振る舞われた。内子がご飯に溶け込み、サフラン色に染まり、何杯もお代わりをしたことを覚えている。・・・まあ、それだけ自然がたくさん残っている証なのである。

 上述のように、生きたままの海の幸は、当時、相当高価なものであり、一般家庭では、なかなか口にすることができなかった時代である。よって、保存食のような、鯵のみりん干し、塩サバなどがご馳走だったので、幼い頃から・・・海の幸は、塩辛い魚、生臭い魚、干からびた魚ばかり。夕飯の時にはとことん逃げて回っていたのだった。

 手の平鯛を沢山頂戴すると、小骨ばかりが邪魔をして、箸が進まない。鯉の洗い・・・川の幸の刺身を酢味噌で食べても、泥臭くて不味い。気付けば、魚と聞くだけで、できるだけ避けて通りたかった自宅の夕餉である。

 ところが、大人になり、都市部に住むようになると、いつの間にか、海の幸があちこちで食せるようになっていた。専門レストランの台頭の時代だ。生きたオマール、伊勢海老、渡り蟹、鯛、鯵、車海老、雲丹、蛸、烏賊などなど、あらゆる海の幸が、生きたまま、目の前で捌かれている。その新鮮さは、昔からの悪いイメージを完全に払拭させてくれた。

 よって、自宅では、海の幸が食卓を飾ることが多くなってきた。完璧に肉党の家庭であったにも関わらず、皆、寿司や刺身、塩焼き、煮付けが大好きな家庭に様変わりしていった。

 昨日、熊本ホテルキャッスル ダイニングキッチン九曜杏にて、私にとっては今年最後の秋刀魚になりそうな、その塩焼きを注文した。在庫が三匹とのことだったので、二匹を食べることにした。長く独身生活をしていると、秋刀魚でさえ焼くのも面倒臭くなっている自分が居る。丁寧に塩焼きにされた秋刀魚は、何杯でもご飯が入るほど、満腹中枢が狂ったかのように、ご飯をかき込んだ。

 秋刀魚の塩焼き、ご飯、味噌汁、そしてお新香。これが、典型的な和食の組み合わせである。あの世界無形文化遺産に登録された、和食である。・・・しかし、満腹になった後、帰途についたが、今度は、「肉が食べたい!」と心の中で誰かが叫んでいる。

 人間というものは、なんと貪欲なのかと。特に「食いしん坊」の私がそうなのかも知れないが、食事ほど心を癒してくるものはない。食欲が失せた時は、何らかの病に蝕まれているに違いない。また、精神的にどん底に凹んでいる時も、同じこと。食欲が生きる力を与え、さらに免疫力や自己治癒力を増幅させ、生命の維持に繋がっている・・・。

 何はともあれ、料理を美味しく食せるほど、幸せなものはないと・・・つくづく、感じ入った次第。特に、心開いて語り合える人との食事に勝るものはない。それが、どんなに粗末なものであろうが、宮廷料理など比較にならぬほど、美味しく頂けるのである。


【ディー・アンド・エルリサーチ株式会社公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/dandl/Link

                 

  • posted by Chikao Nishida at 2015/11/5 01:54 am

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