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スマートな「マネジメント」の在り方・・・

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 会社には色んな人が居る。元気一杯の人、遠慮気味な人、懐疑心ばかりの人、姑息な人、太鼓持ち、トラブルメイカーと・・・十人十色と言うか、百人百色、千人千色・・・と千差万別である。

 会社規模が大きくなればなるほど、人種はバラエティーに富んでくる。よって、部門別にリーダーを決めて、統制を図らねばならないが、これが、「言うは易し、行うは難し。」で、実践を試みると、見えざる障壁に何度も突き当たることになる。

 昔ながらの典型的な会社の特徴は、ピラミッド構造の中で、トップダウンが最善策とされ、「恐怖政治」が罷り通っていたのは否めない。しかし、時代は秒進分歩の勢いにて変化し、特に、ネット時代になり、グローバルな動きが国内のローカルにまで影響を及ぼす時代となった。

 それでも、性懲りも無く「恐怖政治」を延々と遣っている悪代官も大勢いる。特に、同族会社となれば、当然のごとく「恐怖政治」のバトンタッチで会社の延命策を講じてしまう。スタッフは軽視され、極端な場合、スタッフの人としての取り扱いなど皆無に等しい。

 今や、フラット思考がすこぶる自然でもあり、会社内でも「同僚」、「チーム」というフラットな関係が「好し」とされる。そこには「忖度」何ぞ必要もなく、業務の「目標」も「成功」も、経営者とリーダー、全スタッフが連携し、善きも悪しきも共有するような企業スタイルに変わりつつある。

 しかしながら、田舎に行けば、「恐怖政治」を当然視し、更には創業者にあらずして、不埒な「私物化」や「男尊女卑」が常態化している会社を見掛けることがある。戦慄さえ覚える「異常なる世界」だが、悪しき伝統なり歴史なりの「垢」が、あちこちに汚らしく堆積している。

 最近、スマートな「マネジメント」を学び、実践する会社が急増している。マネジメントの基本の基本であるが、人としての尊厳を認め、互いに強い信頼関係を保つことが、会社の推進力に繋がることに、やっと気づき始めたのである。経営先進企業では、不要なる相談役や顧問という存在を無くすところも多々出てきた。

 では、スマートな「マネジメント」とはどのようなものか!?・・・それは、経営者を通じて、リーダーがスタッフに指示する時に、「目標」をしっかりと持たせ、「共有」することから始まる。万が一、途中で落ち度があったとしても、「称賛」を伴った「修正」在りきで、「目標達成」できるというものだ。

 よって、「目標」、「称賛」、「修正」、「達成」全ての「共有」在きで、円滑に業務が遂行する。そして、次の「目標」へと向かうことになるが、同じく、「目標」、「称賛」、「修正」、「達成」全てに「共有」在きで動く、その繰り返しだ。実にシンプル。

 頭ごなしに「叱責」ばかりの「恐怖政治」では人も育たず、トラブル続出の業務展開となることを知らねばならない。「叱責」では何も解決しない。「叱責」はスタッフをただ萎縮させるばかりで、好循環など夢のまた夢。スタッフのモチベーションは低空飛行の連続となる。

 昨今、メディアにて「パワーハラスメント」の報道が増えてきた。歪んだ時代の負の遺産に固執する経営者も居るには居るが、それは、時代遅れの「操り人形師」と失笑に値する。それでも「恐怖政治」を敢行する悪代官が居るのならば、さっさと訴追し、そのブラックな環境に長居する必要はなかろうと・・・。

 末筆ながら、スタッフも日頃から自己研鑽を行い、モラル、所作、知識、知恵、洞察力、判断力を磨くなどの努力は、必須となる。


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文責:西田親生

                           

  • posted by Chikao Nishida at 2019/9/15 01:40 am

「虐め」の体験実話・・・

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 父が国家公務員だった為に、2年から3年に1回の転勤があり、筆者は金魚の糞として、小学校、中学校、高校をそれぞれ2校ずつ行かざるを得なかった。転校すると必ず直面するのが、ニューフェイスの挨拶と転校生への冷やかし、恫喝。特に後者は常習的な「虐め」に発展する可能性があった。

 しかし、筆者は元気者だったので、予期せぬ恫喝によりトラブルとなったのは、高校の転校時の1回きりである。暴力は好まないけれども、その時は、番長らしき人間からの恫喝で、学ランの胸元を掴まれた瞬間に、つい手が出てしまい喧嘩となった。多勢に無勢であったので、その人物の顔面を数回殴り、血だらけにしてしまった。(これが人生において最初で最後の大人気ない暴力となる)

 よって、その番長らしき人間を校長室へ連れて行き、歴史ある進学校(当時の校長は東大卒)だったけれども、校長へトラブルの経緯説明を終え、「こんなレベルの低い高校へは二度と来ません!」と言い放ち、そのまま自宅(官舎)へ戻り、翌日から登校拒否をすることにした。

 翌日の午後、教頭や担任が自宅(官舎)に足を運んできて、私に登校するように説得をしてくれたが、筆者の心は既に別の進学校転校へと動いていた。しかしながら、執拗な学校側の説得工作、両親からの宥めもあり、最終的には、暴力事件から数日後に通学を再開した。・・・一件落着である。

 ただ、幼い頃を思い起こしてみると、唯一、許し難い(今でも許してはいない)と思っているのは、小学時代の担任である。低学年からずっと委員長だった筆者だが、その担任とは水と油となり、6年の2学期に、担任から委員長を剥奪され、さっさと再選挙が行われ、他の生徒が委員長になった。

 それは筆者にとってどうでも良いことだが、それから担任の暴言は日々激しくなり、直接的に筆者をターゲットとして、公然と嫌がらせを言うようになった。

(1)首が汚れていて、お前は不潔だ!世の中では、これを「三年苔」と言う!
(2)お前の従兄弟は優秀で性格の良い生徒だったが、お前は正反対で、特に性格が悪い!

 (1)については、筆者があまりにも元気者だったので、走り回り泥だらけになって遊んでいたり、剣道をやったり、野球をやったりと、汚れるのは仕方のないこと。(2)については、従兄弟は運動神経は良くないが、その担任にとっては心地よい、依怙贔屓の対象だったのだろうと・・・。

 上述のように、担任がわざわざ他の生徒を前にして、個人攻撃するのは如何なものかと、筆者は子供ながらに首を傾げたのであった。教師が生徒に対して公然と「虐め」をしていたという事実。当時、その担任は高級腕時計を生徒にチラチラ見せては自慢していた程度で、非常に民度の低い人物であった。

 本日のテレビで、教師による「虐め」のニュースが流れていたので、スイッチが入ったのか、間髪を容れず昔のことを思い出したのである。昔は「依怙贔屓」などバリバリの時代であり、教師による「虐め」や「差別」は日常茶飯事であったように思えてならない。

 畢竟、「虐め」に対しては、何事も圧力に屈しないという強い気持ちを持つことである。筋が通らぬことに、迎合する必要はない。自分の身を呈してでも、理不尽なことは粉砕するのが一番。泣き寝入りするから、「虐め」はどんどんとエスカレートして、自殺にまで追い込まれてしまう。

 「虐め」により、どれだけの優しい人々の人生が捻じ曲げられたかと思うと、絶対に許せない。死んでも許せない。・・・この世から「虐め」を完全に廃絶する為には、現在の腐りきった学校、教育委員会や児童相談所の組織及び人材を徹底改造しなければ、今後も救える者も救えないままに、多くの被害者が泣き寝入り、埋もれてしまうことになる。


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  • posted by Chikao Nishida at 2019/2/8 01:33 am

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