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若者は元気になっていた!

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 某企業に勤めていた若者だが、当時の経営者側のパワハラにより、その企業を諦め、転職することになった。それから数年が経つ。

 一年程前だったか、たまたま駅内で朝食を取り、新幹線に乗ろうとした時に、通路でばったり遭った若者。僅かな時間だったが、その元気を確認して、それからプラットホームへ向かった。

 一年ぶりとなり、気になったので、彼に先ほどメッセージを送ると、フットワーク良くメッセージが返ってきた。話を聞けば、当時のパワハラがトラウマとなり、今でも突然体調を壊すこともあると言う。

 精神的なものは可視化できないが、想定外に、当時の心の傷は深かったのだろうと思わざるを得ない。パワハラの加害者には到底理解不能であろうが、被害者がその時の心の傷を完全に払拭することは容易ではないのだ。

 この世の中は、パワハラやセクハラ被害は後を絶たないけれども、パワハラを趣味のように楽しんでいる役員の存在も否定できない。パワハラ現場は、もしかすると役員たちの憂さの捨て所であり、まるで愉快犯のように騒いでいる。

 当時のことを思い出しながら、ぽつりぽつりとメッセージを送ってくる若者だが、能力が高いのに、経営側が逆に生意気人間としてレッテルを貼り、個人攻撃に転じたに違いない。

 企業の闇を体験し、精神的に病んだ若者がどれだけいるのだろうか。若者に限らず、報道される被害者は氷山の一角であり、思いの外に日々パワハラやセクハラに耐えているというのが実態である。

 この若者のメッセージを読み返すと、やっと自分の立ち位置が明確となり、仕事への熱意も数年前とは別人のように、言葉使いも立派になり、考え方もスマートなオーラを感じるばかりである。

 後は後遺症を早期に払拭できればと・・・。

▼ChatGPTによる評価

このエッセイは、若者がパワハラによる困難な経験を乗り越えて元気を取り戻す過程について語っています。以下は評価のポイントです。

題材の重要性: エッセイは重要な社会問題であるパワハラに焦点を当てており、その影響を強調しています。これは現代社会において語られるべき重要なテーマであり、読者に考えさせる材料を提供しています。

エピソードの共感性: 著者は、具体的な若者のストーリーを通じて読者の共感を引き出そうとしており、その成功例としての若者の成長を強調しています。このアプローチは、テーマに対する関心を高め、読者を引き込みます。

著者の感情の表現: 著者の感情が文章に表れており、著者の共感と共感を読者に伝えます。著者の感情が文章をよりリアルで感情的にし、読者に深い印象を与えています。

問題の深さ: エッセイは、パワハラが企業内で広がっている問題を深く掘り下げており、その影響が精神的健康に及ぶことに触れています。このような洞察が、読者に問題の重要性を理解させます。

希望と成長のメッセージ: エッセイは希望と成長のメッセージを伝えており、若者が過去の困難を克服し、新たな自己認識を得ることで前進していることを示しています。このメッセージは励ましと希望を読者に提供します。

全体として、このエッセイは社会的な問題に対する洞察と希望に満ちたメッセージを提供しており、著者の感情が読者に伝わりやすい形で表現されています。パワハラに関する重要な議論を促し、若者の成長と回復の物語を通じて読者に感銘を与える優れたエッセイです。
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写真・文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2023/11/8 12:00 am

強がっていると、人生、損をする。・・・自分の弱みを堂々と見せる方が懸命な生き方!?

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 これは筆者の半生を振り返って思うことであり、あくまでも私見である。

 親が法曹関係者であり、厳格な家に育てられた。しかし、昔ながらの家長制度も残っており、ちょうど真ん中にいる筆者は、上からは潰され、下からは突き上げられの幼少期であった。

 幼友達も歳上ばかりで、体格が劣っていても、相撲や喧嘩は負ける訳には行かない。その幼少期に、異常なまでの負けず嫌いの性格を焼印されたように思えてならない。

 負けず嫌いの性格だから、外面は強気の姿勢にて、絶対に脆弱なところを見せずに大人になってしまった。

 周囲の人の中では、現在でもそうだが、「あの人は大丈夫。パワーもあり、メンタル強いし、頑丈にできている!」という人が圧倒的に多い。

 以前、サテライトオフィスがメゾネットになっており、ビルの6階、7階、その間に中6階があった。

 その中6階の6段ほどの階段から6階フロアへ落ちたのである。ワックスがピカピカなのは良いが、ツルツルとなっており、それが原因で滑り転けた。

 その時、番組の手伝いをしていた男女が二人立っていたのに、誰一人として、手を引っ張り起こしてくれる人はいなかった。「大丈夫ですか?」の声は確かに聞こえたようだ。

 二人とも社外の人間だが、私だったら、転けた人を見たら、直ぐに近づき、頭を打っていないか、その他怪我はないかをチェックする。

 しかし、二人とも掛け声だけだったので、少々腹が立った。落ちる瞬間はスローモーションに感じ、一瞬で丸まって受け身をしていた。

 頭や腹を打たぬように、瞬間的に防御姿勢になっていたのである。そこで男性に一言、「何故、手を伸ばして助けようとしないのか!?」と聞いてみた。

 そこで返ってきた言葉が、「いや、体は筋肉質だし、大丈夫だと思っていたので。」と、大したことがないと感じたらしい。

 普段の負けず嫌いの性格である筆者が、肉体的にもメンタルも全て頑丈にできているというオーラを放っていると言うのである。

 この場合、筆者が普段から非力で痩せ細っている人間であれば、「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」と手を差し伸べてくれたのだろうと。

 その時の防御体勢が良かったのか、無傷のまま立ち上がった。しかし、立ち上がる前に、後頭部や側頭部、肩や腕、足腰などの無傷を確認し、さっと立ち上がった。

 些細なことだが、これが全てを物語っている。

 皆同じ人間なのだから、強靭なところも脆弱なところもある訳だ。ただ、それを日頃から表に出せる出せないで、周囲の人たちの受け止め方、考え方が異なることに気付かされた。

 昔を思い出せば、小中高と2つずつ学校を渡り歩いた転校生(父の転勤)だったが、虐めに遭おうとする瞬間に、相手を全て瞬殺していた。よって、虐められて凹んだことなど一切ない。

 幼い頃の先輩たちの激しい相撲や喧嘩で鍛えられたからこそ、絶対に凹まない人間になったんだろうと。しかし、自分で頭の中を覗けば、結構、繊細で傷付きやすい性格も持ち合わせている。

 それを人前では絶対に出せないサイボーグ人間になってしまった。だから、ここ一番の時に、同情されることは皆無、心配されることも皆無、何でもかんでも無傷大丈夫な男である。

 大声で、「私はそんなに強くはない!」と言いたいけれども、生まれてこの方、人前で涙を流すことはないけれども、映画を観ていて、感動シーンの最中に、熱いものが頬を伝ってくる。

 畢竟、「私はそんなに強くはない!」を幼少期から披露しておけば、もっと楽チンな半生になったのかも知れないと思ってしまう。

 何事も強がらず、迷いが生じたり、困ったり、辛い時には、心から信頼のおける人へ吐露することが一番なのかと。我慢することも大事であるけれども、我慢も度が過ぎれば、脳内に傷が残ることも頭に入れておいた方が良い。

 逆に、「私は肉体的にも精神的にも弱い人間なんです!」と大声で言える人の方が、よっぽど精神的にも強い人間なのかも知れない。


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文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2023/1/8 12:00 am

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