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ソフィ・タカヤナギを訪ねる。

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 昨日、ロゼッタストーン異業種交流会員でもある「ソフィ・タカヤナギ(代表取締役社長 高柳隆大さん/四代目)」へ、取材のために足を運んだ。

 http://www.dandl.co.jp/sophy/Link

 午後からの取材だったが、婚約カップルや、時計の電池交換に来た老人、そしてメディア関係・・・と、引っ切り無しにお客が出入りする、時計、宝飾、ブライダルの老舗専門店。

 今回は、約2時間少々の時間を割いてもらい、同店の創業当時から、店舗移転、昭和28年6.26白川大水害、新店舗建設など・・・ざっくりと120年の歴史を振り返り、話を聞くことができた。

 ダイヤモンド一つについても、大変奥深い。流石に専門家の言葉として、歴史とその流れ、そして今を知ることができた。精密機械の代表格でもある時計について・・・世界的なブランディングの話を聞き、なるほど、世界を席巻している日本のカメラと、どこで流れが変わっているのかなども、筆者なりに理解できたようだ。

 同店は、県内でも数少ない鑑定のできる店。数ある宝飾店だが、実は、県内には僅か2店舗しかないと言う。・・・となれば、鑑定の資格のない店舗でダイヤモンドを預けたとしても、結局、取次として扱われるだけで、特に高額な物を預けるのは、相当慎重にすべきであると感じた次第。

 最近、取材を進めて行く中でよく見かけるのが、古い時計の修理や、形見である多数の宝石をかき集め、新たにブローチや指輪を創りたいという相談で訪れるお客である。その要望を十分聞いて入れて、プロとしてのアドバイスをしっかりと伝える高柳隆大さん。

 先日は、Facebook上で、ミニミニシンデレラのハイヒールの成形過程を拝見した。使い捨てを美徳としてきた時代を深く反省し、手元にある大切なものを、子々孫々に伝えて行くという、リフォーム時代が本格的にやってきたような気がしてならない。

 120年の老舗には、その歴史と伝統の中に、各々の時代を象徴するような古い資料も多く保管されており、昔から通い詰める顧客の足跡もしっかりと残されている。

 時計、宝飾、ブライダルを本業とする「ソフィ・タカヤナギ」。熊本市内の繁華街 下通アーケード2番街に位置しており、昭和36年に建てられたという鉄筋コンクリート4階建の店構えは、どっしりと落ち着いている。・・・雨の日も、濡れずに足を運べるところが有難いといったところである。


▼2カラットの大玉イエローダイヤモンドの指輪
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▼先日、電池交換をしてもらったモンブランの携帯アラーム時計
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▼先日、アドバイスしてもらったピン・ダイヤモンド
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【ディー・アンド・エル社公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/dandl/Link

                         

  • posted by Chikao Nishida at 2014/12/6 05:23 am

鈴の音が聞こえて来る・・・

▼熊本ホテルキャッスルロビー

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 幼い頃に通っていた、カトリック系の幼稚園。クリスマスが近づくと、その頃の思い出が、頭の中に1677万色の総天然色で蘇る。

 親や周囲、そして幼稚園の園長ご夫妻に無理を言って、当時1年保育が当たり前の時代に、3年と4ヶ月通ったのだった。

 その理由は、幼友達が皆2〜3歳上ばかりで、幼友達が幼稚園に通い始めると、楽しみにしていた遊び相手が、毎日午前中から昼過ぎまで居なくなってしまった。

 今でも覚えている、入園の時。・・・父母に連れられ、某市の検察庁から200メートルほどの右手にある幼稚園。門を過ぎると、小さな運動場?と遊具、その奥に古い木造家屋の幼稚園があった。また、裏には西洋胡桃だと思うが、木々が茂っていた。

 両親に躾けられたように、ちゃんと挨拶はしたものの、玄関から入らず、段差の高い廊下へと飛び上がった。園児は皆年上ばかりだが、いつもの幼友達と変わらないので、何の違和感もなかったと記憶している。

 しかし、自宅周囲の幼友達の顔が見えない。何故だろうと思い、お姉さん先生に聞くと、分からないと言う。・・・家に戻り、母に聞くことにした。「あ、たかしちゃんね!・・・市立保育園に行っているんだってよ。」と・・・。隣同士が、互いの家を境に、各々反対方向の保育園と幼稚園に通うことになったようだ。今なら、リサーチ不足ってことになる。

 その幼稚園の園長とご婦人には、筆舌に尽くしがたいほど大切に育てられた。園内では一番小さいが、元気がいいので、世話を焼かせたのは間違いない。フィルム缶を右足の親指で踏み血だらけになったり、相撲をしていて相手を焚き火の場所へ投げ飛ばし火傷させたりと・・・とにかく、今で言えば「問題児」だった。

 その暴れん坊が、一番静かになるのが、「おかあさんといっしょ」の番組を見ている時と、給食の時だった。「ブー・フー・ウー」に迫る狼に、いつも勧善懲悪の心を持ち、ハラハラしていた。そして、腹が空くとランチタイム。何故か、同幼稚園は当時からパンが支給されていたように記憶している。

 1912年(大正元年)には、第1回の卒園児を送り出した伝統ある幼稚園で、既に、100年以上が経っている。お元気であれば、第1回卒園の方は、105歳ということになろうかと。今は統合合併されて、昔のシステムではなさそうだが、当時は、名門中の名門と噂されていた。

 気づけば、同級の園児では、医者になった友人が数人もおり、また、学校の教育者として活躍し、学校長になっている友人も多数いる。僅かな園児の数からすると、とんでもない確率でエリート達が巣立ったことになる。(筆者は除く)

 そして、我々の一番の楽しみが、クリスマスだった。殆どが仏教徒ばかりなのに、カトリック系の幼稚園とはこれ如何にという感じもするが、そこが日本人。全く違和感なく通いつめ、クリスマスの演劇の準備に四苦八苦していた。時には、羊飼いなのかと思いきや、春先のイベントでは花咲か爺さんの役をやったりと・・・、摩訶不思議な体験をしたものだ。

 昔の話はさておき・・・

 最近の熊本市内は急に寒波が襲い、先日までうららかで暖かな日が、あっという間に、阿蘇などでは積雪もあり、寒暖の差が激しい真冬と化し、冬将軍の到来となった。熊本市は温暖で南洋諸島のように誤解されているが、実は、冬は底冷え、夏や蒸し暑いという、メリハリのある地域でもある。

 昨夜は、会食を済ませ、帰り際に、いつもの熊本ホテルキャッスルへ足を運んだ。・・・ロビーにはスカーレットの色鮮やかなクリスマスツリーの飾り付けも終わり、その近くで若い女性たちが立ち話をしていた。ガランとしたロビーにあるツリーよりも、賑々しく語っている女性たちと共にツリーを撮影した方が絵になるだろうと思い、シャッターを切らせて頂いた。(顔は暈している)

 幼い頃の記憶は恐ろしいもので、シャッターの瞬間に、当時の幼稚園の映像が、当然のごとく浮かんでくるのだ。まだ、スイーツなんぞ世の中に浸透していない時代。しかしながら、我々は、カトリック系の幼稚園に通っていたお陰で、毎年、大きなクリスマスケーキに在り付けたのだった。

 お茶をして体を温め、同ホテルの玄関を通り、車に乗り込もうとした時、「シャン、シャン、シャン♪」と鈴の音が聞こえて来たような、来ないような・・・。「三つ子の魂百まで」と言うが、現在の大人の自分自身と比較しながら、苦笑いを抑えきれず車に乗り込んだ。

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▼殆どが同幼稚園に通っていたようだ(なるほど・・良く見ると、現在、学校長も女医もいる!)
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【ディー・アンド・エル社公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/dandl/Link

                         

  • posted by Chikao Nishida at 2014/12/5 02:53 am

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