
昨日、熊本地震の余震が続く中で、「視野シャボン玉」という話をした。
これは、自分自身をシャボン玉の中心に置き、その半径を「自分の視野の広さ」として捉えるイメージである。
仮に、その半径が4km程度(地平線・水平線)しかなければ、日常生活の範囲を超えて物事を考える機会は少なくなる。関心の対象も、自分の身近な人間関係や地域の出来事に偏りがちであり、視野は自然と狭くなる。
一方、その半径を月、地球、太陽、太陽系、さらには銀河系へと広げるような感覚で物事を見つめる人は、時間軸も空間軸も大きく異なる。世界情勢、科学技術、歴史、人間社会など、多面的な視点を持つことで、人生そのものが大きく変わってくるのではないかという仮説である。
もちろん、地域社会を大切にすることを否定するものではない。しかし、同じ土地に長く住み続け、同じ人間関係や慣習だけを基準に物事を判断するようになると、知らぬ間に時代とのズレが生じたり、惰性に流されたりする危険性がある。
反対に、行動力のある人は違う。未知の世界へ足を運び、新しい人と出会い、多様な価値観に触れるたびに、「視野シャボン玉」の半径は二倍、三倍と広がっていく。その拡大に終わりはない。
この差は、想像以上に大きい。同じ時間を生きていても、見える景色も、判断基準も、人生の選択肢も大きく異なってくる。その意味で、「視野シャボン玉」の大きさは、人生を左右する重要な要素の一つであると思えてならない。
受講生の一人は、自らの半生を振り返り、「もっと早く視野を広げておくべきだった」と悔しさを滲ませていた。振り返れば、自分の視界に入っていたものは、地域の噂話や方言文化など、閉じた世界の情報が中心であり、生産性の高い情報に触れる機会は決して多くなかったという。
しかし、長年かけて形成された「視野シャボン玉」を、一気に広げることは容易ではない。だからこそ、日々の行動を変え、新たな知識を吸収し、新しい環境へ一歩踏み出すことで、少しずつ半径を広げていくしかないのである。
そのためには、片手間で済むような努力では足りない。目的意識を持ち、自ら考え、自ら行動し続ける覚悟が求められる。そうでなければ、一時的な挑戦で終わり、元の狭い世界へ戻ってしまう可能性が高い。
人生における「視野シャボン玉」。
皆さんのシャボン玉の半径は、今、どれほどまで広がっているだろうか。
※ヘッダー画像は、エッセイを読んだChatGPTが生成したもの
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文責:西田親生

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