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なぜ、一番を目指さない?

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 本日、受講生の一人に尋ねた。

「なぜ、一番を目指さない? なぜ、最高峰を目指さない?」

「そう、思ってはいますが」

 返事は、そこで途切れた。

 その先に続く言葉を聞きたかった。何が足りないと思っているのか。何を恐れているのか。あるいは、目指したいものが、まだ本人にも見えていないのか。

 歯がゆさはあった。しかし、短い返答だけで、覚悟がないと決めつけることはできない。そもそも筆者は、何のために一番を目指してほしいのかを、十分に伝えていただろうか。

 一番を目指すとは、他人を蹴落とすことではない。競合他社の動きに一喜一憂し、毎日、勝ち負けを数えることでもない。

 自分の仕事に、どこまで高い基準を課せるか。その問いに、日々の実践で答え続けることである。

 あえて最高峰を目指すのは、目標の高さによって、今の仕事を見る目が変わるからだ。身近なところで通用すれば十分と考えるのか、その道の第一人者と比べて何が足りないかまで問うのか。同じ仕事でも、見えてくる課題も、磨き込む深さも違ってくる。一番を目指す意味は、結果として得る順位だけでなく、そこへ向かう過程で、自分に課す基準を引き上げることにもある。

 筆者が伝えたかったのは、いわばシャドーボクシングのような鍛錬だった。目の前に相手がいなくても、構えを直し、足の運びを確かめ、同じ動作を繰り返す。仕事ならば、一つの説明を磨き、一つの不便を取り除き、一つの約束を確実に守る。

 ただし、自己鍛錬だけで仕事の価値が決まるわけではない。顧客の反応や優れた仕事に照らし、自分のやり方を見直す。その往復を重ねてこそ、他者にも認められる力が育っていく。

「一番になりたい」と唱えるだけでは、何も始まらない。何において、誰にとっての一番なのか。それを定めて初めて、今日、磨くべきものが見えてくる。

 地域で最も相談しやすい店なのか。難しい依頼に最も確かな答えを返せる専門家なのか。それとも、その一品ならここだと真っ先に名が挙がる職人なのか。

 目指すものは違っても、「この程度でよい」と仕事の水準を安易に下げない姿勢は共通している。

 もちろん、競合が少なければ、簡単に一番になれるわけではない。比較される機会が少ないからこそ、自分の不足に気づきにくいこともある。狭い地域で得た評判に安住すれば、そこで成長は止まってしまう。

 逆に、歴史ある老舗がひしめく場所だからといって、挑戦の余地がないわけでもない。

 筆者は長崎に行けば、「福砂屋」のカステラを買う。博多の辛子明太子なら、「ふくや」を選ぶことが多い。好みであると同時に、長く親しんできた味への信頼がある。ほかに優れた店がないという意味ではない。それでも、いざ選ぶとなると、いつもの店に足が向く。

 新しく商いを始める人にとって、手強いのは、この「いつもの」であろう。

 看板に「一番」と掲げても、人の足は簡単には向きを変えない。長年の信頼に割って入るには、その人が選び直すだけの理由が要る。

 老舗が積み重ねた年月を、今日から追い越すことはできない。しかし、老舗にもまだ応えきれていない願いや、手をつけていない工夫があるかもしれない。そこに、自分の技術と感性を注ぐ余地はある。

 歴史の長さは借りられない。けれども、歴史の最初の一日は、自分でつくれる。

 新しいものをつくれば、それだけで一番になれるわけではない。誰も試みていないことが、誰かの求めていることとは限らないからだ。

 その価値を受け取った人が、ほかと比べても、もう一度選んでくれる。さらに、誰かに薦めてくれる。その積み重ねによって、「この仕事なら、ここが一番だ」という評価が育っていく。

 目指してほしいのは、そういう一番である。

 順位を競うスポーツでは、勝敗を決める共通のルールがある。一方、仕事の評価は、一枚の順位表には収まらない。売上で首位に届かなくても、ある技術では抜きん出ることができる。規模は小さくとも、「ここにしか頼めない」と言われる仕事はできる。

 ただし、自分に都合のよい物差しをつくり、勝ったことにしてはならない。その強みが、相手にとってどんな役に立つのか。ほかと比べて、なぜ選ばれるのか。そこを問われても答えられるだけの中身が必要だ。

 受講生に対しても、一番という肩書を無理に背負わせたいわけではない。どこを目指すかは、本人が決めることである。

 それでも、自ら選んだ仕事に力を注ぐのなら、最初から届きそうな高さだけを見てほしくない。現時点の力量を、そのまま自分の限界にしてほしくないのである。

 自信は、挑戦する前から十分に備わっているものではない。できなかったことが一つできるようになり、任された仕事をやり遂げ、その働きが誰かに喜ばれる。そうした具体的な経験が、自信を育てていく。

 覚悟も、日々の行動に表れる。うまくいかなかった翌日に、何を直すか。評価されない時期にも、何を積み重ねられるか。威勢のよい宣言以上に、その姿勢が本気の度合いを物語る。

 本気で挑んでも、一番になれるとは限らない。悔いが残ることもある。それでも、最高峰を見据えて取り組んだ経験は、自分の強みと足りなさを知る手がかりになる。挑戦したことだけで満足せず、そこで得たものを次の仕事に生かしてほしい。

 筆者が恐れているのは、受講生が誰かに敗れることではない。まだ試してもいない力を、「自分には無理だ」の一言で眠らせてしまうことだ。

「なぜ、一番を目指さない?」

 次にこの問いを投げかけるときは、筆者自身も、その答えを急がずに聞きたい。そして、目指す場所と、そこへ至るために今日できることを、ともに考えたい。

 一番という評価を下すのは、他者である。だが、その評価に値する仕事を目指すかどうかは、今日、自分で決められる。

※ヘッダー画像は、ChatGPTが記事を読み生成したもの

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▼ChatGPTによる感想
読後に残るのは、自分の可能性を早々に見限らず、仕事の水準をどこまで高められるか、確かめてみようという気持ちです。「一番」という強い言葉を、日々の仕事に向き合う姿勢まで掘り下げているため、読者も自分のこととして受け止められます。

特に、「目標の高さによって、今の仕事を見る目が変わる」という説明が、文章全体を支えています。最高峰を目指す理由が示されることで、冒頭の問いに筋が通りました。目標を高く置けば、それまで見過ごしていた不足に気づき、今日の取り組み方が変わる。そのつながりには納得できます。

老舗のくだりも印象に残ります。筆者自身が「福砂屋」「ふくや」を選ぶという身近な話から、顧客の「いつもの」を変える難しさへ進む流れが自然です。挑戦する側の意欲だけでは、人に選ばれる理由にはならない。その現実を踏まえているので、

歴史の長さは借りられない。けれども、歴史の最初の一日は、自分でつくれる。
という一節にも重みがあります。既に積み重ねられたものへの敬意を保ちながら、これから始める者にも一歩を踏み出す余地を示しています。

また、「自分に都合のよい物差しをつくり、勝ったことにしてはならない」という指摘が、文章を引き締めています。仕事には多様な評価軸があると認めつつ、自己評価だけで完結することを戒めている。目標を自分で選ぶ自由と、その仕事の価値を相手に問われる厳しさが、両方描かれています。

そして、最も心に残ったのは、受講生への歯がゆさを出発点にしながら、筆者自身も「十分に伝えていただろうか」と問い直していることです。終盤の「その答えを急がずに聞きたい」には、相手の成長を願うなら、教える側にも必要な努力があるという自覚が感じられます。同じ「なぜ、一番を目指さない?」が、最後には対話を始める言葉として響きます。

結びも、この文章にふさわしいものです。他者の評価は思いどおりにはならない。それでも、どんな仕事を目指すかは自分で決められる。読者の手元に、今日から引き受けられる選択を残す。 そこに、このエッセイの励ましの力を感じました。
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文責:西田親生


           

  • posted by Chikao Nishida at 2026/9/13 12:00 am

2001年9月11日|京都亀岡にいた

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 二十五年前のあの夜を思い出すと、今も二つの光景がよみがえる。京都の旅館で供された、氷の器の素麺。そして、テレビに映し出された、炎を上げるニューヨークの高層ビルである。

 2001年9月11日。筆者は経営者研修会の一行として、熊本県内の経営者たちと、京都・亀岡の湯の花温泉「すみや亀峰菴」に滞在していた。

 女将とは新聞社時代からの知り合いで、この日も心のこもったもてなしをしてくださった。

 宴会の席は中広間に用意されていた。天井を見上げると、昔ながらの傘の付いた電球が、埋め尽くすほどに並んでいる。その数だけでも目を引いたが、宴の始まりには、さらに驚かされた。

 襖が左右に開き、着物姿の女性たちが、料理を頭の高さに掲げて入ってくる。それに合わせて電球が一斉に灯り、部屋がぱっと明るくなった。

 料理の登場そのものが、一つの演出になっていた。

 とりわけ記憶に残っているのが、素麺である。大きな四角い氷に半球状のくぼみが彫られ、その中に素麺が盛られていた。氷そのものを器にする趣向に、思わず見入った。ふと、吉兆の個室で目にした料理の風景が重なった。

 料理だけではない。明かりを灯す間合い、運び方、器の見せ方。その一つひとつに、客を迎える心遣いが行き届いていた。

 宴会を終えた一行は、皆、満足した様子だった。二次会は別室で、テレビを見ながらワインでも飲もうということになった。

 そこで、あの映像を見た。

 旅客機が世界貿易センタービルに突っ込み、炎が上がっている。目に映るものを、現実として受け止められなかった。

 9.11。米国同時多発テロ事件である。

 二次会どころではなくなった。皆がテレビに釘付けになり、言葉を失った。

 何が起きているのか。ビルの中には、どれほどの人がいるのか。誰が、何のために、こんなことをしたのか。

 分からないことばかりが頭を駆け巡った。さらに、米国防総省にも旅客機が衝突したという報道が入った。事態の全容も、被害の規模もつかめないまま、画面から目を離せずにいた。

 つい先ほどまで、料理に感嘆していた。同じ夜、同じ旅館にいながら、研修会の空気は一変していた。

 あれから二十五年が経つ。

 不思議なことに、あの惨事の映像とともに、旅館のもてなしも鮮明に覚えている。氷の器も、一斉に灯った電球も、記憶から消えていない。

 今、その二つの光景を振り返ると、人が穏やかなひとときを過ごすために、どれほど多くの手間と心遣いが注がれているかを思う。そして、そのように築かれた日常が、暴力によって一瞬で奪われてしまうことを思う。

 画面の向こうにも、それぞれの日常があったはずだ。

 仕事に向かった人がいた。旅の途中の人がいた。その帰りを待つ人がいた。報道で伝えられる犠牲者の数は、一人ひとりの人生と、その人につながる幾人もの人生の重さである。

 あの夜、京都で食事を楽しんでいた筆者たちと、画面の向こうの人々。その命の重さに、何の違いがあっただろうか。

 テロも、侵略戦争も、ジェノサイドも、人の暮らしを踏みにじり、取り返しのつかない喪失を残す。国家の大義や指導者の野心、いかなる思想や信条も、奪われた命を戻すことはできない。

 それでも、命を奪う行為を正当化する言葉は繰り返される。誰かの死を、目的を果たすためのやむを得ない犠牲として扱う。その言葉の陰で、亡くなった一人ひとりの顔も、残された人の悲しみも見えなくなっていく。

 だからこそ、権力を持つ者が人命をどう扱うかを、私たちは見続けなければならない。誰の命を守り、誰の犠牲を当然としているのか。勇ましい言葉に心を奪われる前に、問うべきことがある。

 2001年9月11日、筆者は京都・亀岡にいた。

 あの夜のもてなしを、今も覚えている。その記憶に触れるたび、画面の向こうで失われた、無数のありふれた一日を思う。

 帰って食卓につく。ただそれだけの明日が、誰にも奪われてはならない。

※ヘッダー画像は、ChatGPTが記事を読み生成したもの

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▼ChatGPTによる感想

読後に残るのは、自分が穏やかに過ごしていた時間に、別の場所では誰かの日常が途絶えていたという、重い実感です。京都での個人的な記憶を通して、遠くの惨事が読者自身の暮らしに近づいてくる文章だと感じました。

とりわけ、氷の器の素麺や、一斉に灯る電球の描写が効いています。人を迎えるために手間をかけ、ひとときを整える。その具体的な営みが描かれているからこそ、後半の「日常が、暴力によって一瞬で奪われてしまう」という言葉に重みが生まれています。旅館のもてなしを詳しく語ることが、文章全体の主題を支えています。

転換点となる「そこで、あの映像を見た。」も印象的です。それまで料理や照明を追っていた読者の視線が、この一文でテレビへ向けられる。短い一文と改行によって、その場の空気が変わる瞬間を感じ取れます。

私が最も心を動かされたのは、**「画面の向こうにも、それぞれの日常があったはずだ。」**という一節でした。「はずだ」という言い方には、自分が直接知り得ない人々の暮らしを想像する慎みがあります。続く「仕事に向かった人」「旅の途中の人」「その帰りを待つ人」によって、犠牲者という言葉の中に、一人ひとりの姿が戻ってきます。

一方、後半でテロから侵略戦争、ジェノサイド、権力者の責任へと論を広げる部分は、主張にはうなずけるものの、この文章ならではの具体性が少し薄れます。それだけに、最後に再び京都の記憶へ戻る構成が大切な働きをしています。冒頭ではもてなしを受ける場だった「食卓」が、結末では誰もが帰れるはずの場所になる。このつながりに余韻があります。

読み終えて、自分にとっての「あの日、どこにいたか」を思い返したくなりました。そして、その記憶の先に、帰りを待っていた人々の存在を考えさせられました。個人の回想から、他者の失われた日常へと読者の想像を導くところに、この文章の力があります。
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文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2026/9/12 12:00 am

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