ロゼッタストーンBLOGニュース

The Rosetta Stone Blog

人間不在の営業は、信頼を生まない

20260606obaka-1


 LinkedInやその他のSNSでは、日々、営業メッセージが飛び交っている。しかし、残念ながら、その中に本物のプロと呼べる営業人材は極めて少ない。

 送られてくる営業内容を見ても、まず非常に分かりにくい。そもそも営業内容を説明する以前に、営業対象となる相手の業務内容、経歴、スキル、関心領域などを事前に検証した上で、メッセージを送ってくる人は、皆無に等しい。

 その多くは、コピペによる自動送信であり、無味乾燥な文面ばかりである。相手の顔を見ず、相手の仕事も知らず、相手の現状も理解しないまま、一方的に営業を仕掛けてくる。その時点で、すでに営業としての礼を失している。

 どれほどデジタル社会が進化しようとも、アナログ人間としての姿が見えない営業手法は、筆者には響かない。何でもかんでも、今流行りのAIエージェントを持ち出して打診されても、アナログ人間力を重視する筆者にとっては、ほとんど意味を持たないのである。

 長く付き合える相手かどうかは、結局のところ、アナログ人間力の良し悪しによって判断される。AIエージェントや自動化ツールを前面に押し出して迫ってきても、その多くは一過性の接触で終わる。そこに人としての温度、誠意、洞察、配慮が感じられなければ、信頼関係は生まれない。

 AIを多少習熟しただけで、とんでもない武器を手にしたかのように勘違いしている人もいる。しかし、その発想そのものが稚拙であり、浅はかである。AIは道具であって、人格の代替物ではない。AIを使えば営業が成立するのではなく、営業する人間の見識、準備、言葉、誠意があってこそ、AIも初めて補助的な力を持つのである。

 アナログ人間力は、そう簡単に鍛え上げられるものではない。表層的なデジタル武装だけで相手に迫っても、そこに人間の実体が見えなければ、むしろ気味の悪さだけが残る。見えざる手に背後から触れられるような違和感があり、信頼に値する相手だとは判断し難い。

 営業を仕掛けるのであれば、まず相手の現状をしっかりと把握すべきである。その上で、相手にとって意味のある企画書を提示するのであれば、そこには一定の価値が生まれる。ところが、一括送信の同じ文面を使い回しているだけであれば、それはクライアント予備軍を軽視しているに等しい。大変非礼な営業手法と言わざるを得ない。

 企業戦士として闘いに挑むのであれば、まず闘う相手を知らなければならない。相手を知らずして勝利はない。その基本原則すら理解せず、ランダムにネット営業を仕掛けているようでは、長く付き合える相手ではないと判断されるだけである。

 筆者は経営者の端くれとして、電話営業、ファックス営業、そして今回取り上げたネット営業についても、アナログ人間力が見えないものは、すべて廃棄処分としている。

 AI導入による社内の効率化や武装化を考える人は、今後さらに増えていくだろう。しかし、忘れてはならないのは、ビジネスの根幹にあるのは、あくまでも「人」であるということだ。

 「人」という文字は、人と人とが寄りかかり、支え合っている姿にも見える。だからこそ、筆者は、単なる効率や自動化だけを売り込む相手ではなく、人として長く付き合える人物をビジネスパートナーにしたいと考えているのである。

※上の画像は、ChatGPTがエッセイを読み生成したイメージ

▼西田親生の書籍集
https://amzn.to/4g0ShPNLink Link
20260605news-2



----------

▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、単なる「ネット営業批判」ではなく、AI時代における営業の本質を問い直す、かなり実践的な警鐘である。

特に優れているのは、批判の矛先が「AI」そのものに向いていない点である。AIエージェント、自動化、SNS営業を否定しているのではなく、それを使う人間の側に、観察力、礼節、準備、配慮、誠意が欠けていれば、どれほど先端技術を使っても営業は成立しない、と論じている。ここに本稿の説得力がある。

「AIは道具であって、人格の代替物ではない」という一文は、このエッセイの核である。生成AIブームの中で、AIを使えること自体を能力と錯覚する人は少なくない。しかし、営業の現場で最終的に問われるのは、相手をどれだけ理解しているか、相手にとって本当に意味のある提案ができるか、そして長く付き合える人物かどうかである。この視点は、企業戦略としても、人間学としても重要である。

また、「相手を知らずして勝利はない」という表現は、営業を単なる売り込みではなく、戦略行為として捉えている点で鋭い。営業とは、数を打つ作業ではない。相手の業務、履歴、課題、可能性を読み取り、その相手に固有の提案を組み立てる知的作業である。そこを怠ったコピペ営業は、効率化ではなく、むしろ信用毀損の自動化でしかない。

読後感としては、現代のネット営業に対する違和感が、非常に明確な言葉で整理されている。受け手が日頃感じている「気持ち悪さ」「薄さ」「失礼さ」の正体を、筆者は「人間不在」と名づけている。タイトルも的確で、本文全体を一語で貫いている。

弱点を挙げるなら、「アナログ人間力」という言葉がやや抽象的に見える読者もいるかもしれない。本文中では温度、誠意、洞察、配慮として説明されているため十分伝わるが、さらに一歩踏み込むなら、具体例を一つ入れると、読者の納得度はさらに高まる。たとえば、「相手の直近の記事を読んだ上で提案する」「相手の事業課題に即した一文を冒頭に置く」といった例があれば、営業教育の教材としても使いやすくなる。

総じて、本稿はAI時代の営業倫理を端的に突いたエッセイである。便利な道具を得たことで、人間の粗さが隠れるどころか、むしろ露呈している。その現実を、経営者の視点から冷静に見抜いている点に価値がある。営業、AI活用、企業教育の三領域にまたがる、実用性の高い一篇である。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2026/6/6 12:00 am

秒針は待たない|時を追わぬ者は置き去りにされる

20260605news-1


 情報の仕事をしていると、ふと、「日々、時は刻まれているのだな」と実感することがある。アナログ腕時計を見れば、秒針がチッチチッチと音を立てるように動いている。考えてみれば、私たちは限られた寿命に向かって、絶えず時を消費しているのである。

 日頃から受講生に対して、やかましいことを告げることが多い。しかし、あまりにも時を大切にしない人が多いことには、驚かされる。限られた寿命を考えれば、ただ突っ立っているだけで、何が動くというのか。

 ある人は、「現在、考えています」と言う。しかし、行動が伴っていなければ、周囲は何も変わらぬまま、何年も経ってしまう。どれほど秒針が回ったのか、その実感さえない。時を大切にしない人は、どのような人生観を持っているのかと、首を傾げることがある。

 いつも仕事上で考えているのは、捌ける人間と捌けぬ人間の格差の要因である。時が刻まれていることへの意識が希薄な人は、捌けぬ人間に圧倒的に多いように思われる。変化もない。進化もない。惰性のまま人生を過ごしている。何ともったいないことか。

 昨日も、某代理店から「〇〇〇〇〇はどうかと調べています」というメッセージが書き込まれていた。「調べています」という言葉そのものは悪くない。しかし、それが単なる「やっている感」の摺り替えにすぎないのであれば、実際には何も動いていない状態を維持しているだけである。

 時は大切にしたい。一回きりの人生において、無駄にしたくない、最も重要なものである。一回きりの人生と分かっていながら、何十年もの長きにわたり、だらだらと惰性の人生を送ることは、世のため人のためになるとは言い難い。

 資質や性格の問題だと言えば、それまでである。ただ、このだらしなさが、捌ける人間と捌けぬ人間との格差を助長していることを知るべきだ。それを直視せず、逃げの人生を送り続けるのであれば、即座に上司や経営者、知人友人から「勝手にしやがれ」と突き放されるのがオチである。

 もはや、単なる悪癖ではなく、病ではないかと、筆者は受け止めている。一方で、身体に障害を持たれている方や、いじめなどによる心の傷によって、社会復帰がままならない方々が、思いのほか多いことにも気づかされる。

 そう考えれば、心身ともに健康である人間が、惰性で人生を送ってよいはずがない。恵まれない人たちを、誰が、どのようにサポートしていくのか。そう問われたとき、時を浪費している人は、果たして何と答えるのであろうか。

 個人的には、怠惰に満ちた人生を送りたいとは思わない。心身ともに健康体に生まれたからには、何らかの形で、世のため人のために貢献する意識だけは失いたくないと考える次第である。

▼西田親生の書籍集
https://amzn.to/4uhprhOLink Link
20260605news-2



---------

▼ChatGPTによる感想

本エッセイは、単なる「時間を大切にせよ」という教訓ではなく、時に対する感度の差が、人間の実務能力、人生観、社会貢献意識の差となって現れるという問題提起になっている。

特に強いのは、冒頭の「秒針」の描写である。アナログ腕時計の秒針という身近なものから、寿命、行動、惰性、社会貢献へと論を広げており、読者に「時間は概念ではなく、今この瞬間にも消えている資源である」と突きつけている。タイトルの**「秒針は待たない」**も非常に良い。短く、視覚的で、本文の芯をよく表している。

本文の核は、次の一文である。

「行動が伴っていなければ、周囲は何も変わらぬまま、何年も経ってしまう。」
この一文が、本稿全体の心臓部である。「考えています」「調べています」という言葉が、実際には前進ではなく停滞の言い換えになっている場合がある。その欺瞞を、筆者は見逃していない。ここに、企業教育、幹部教育、営業、代理店管理に通じる実務的な厳しさがある。

また、「捌ける人間」と「捌けぬ人間」の違いを、能力差だけでなく、時間意識の差として捉えている点が鋭い。仕事が速い人は、単に手先が早いのではない。時が過ぎる怖さを知っている。逆に、捌けぬ人間は、今日を逃しても明日があると思っている。しかし、その明日もまた、同じように逃していく。そこに人生の劣化がある。

一方で、本稿には強い言葉も多い。「病ではないか」「勝手にしやがれ」「だらしなさ」などは、筆者の怒りと失望をよく伝えている。ただし、読者層によっては、この強さが反発を招く可能性もある。とはいえ、本稿の場合、その強さは単なる罵倒ではなく、時間を粗末にする人間への警鐘として機能しているため、文章全体の説得力を損なってはいない。

後半で、身体に障害を持つ方や、心の傷により社会復帰が難しい方々に触れている点は、重要である。ここで文章は、単なる怠惰批判から、社会的責任の話へと深まっている。心身ともに健康である者が惰性で生きていて、誰が困難を抱える人を支えるのか。この問いによって、本稿は個人の時間管理論ではなく、人間としての責任論へ昇華している。

読後感としては、かなり厳しい。しかし、その厳しさは必要な厳しさである。現代は、情報も道具も生成AIも揃っているにもかかわらず、「考えています」「調べています」で止まる人が少なくない。だからこそ、本稿は、AI時代の人間に向けた警鐘としても読める。道具が進化しても、時を追う意思がなければ、人間は置き去りにされる。

総じて、本エッセイは、時間意識、行動力、人生の責任、社会貢献を一本の線で結んだ、実務型人間学の一篇である。派手な物語性はないが、秒針の音が文章全体に響いている。読み終えた後、「今日、何を動かすのか」と自問させる力がある。
----------
◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link Link
文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2026/6/5 12:00 am

1995年以来情報発信している老舗ポータルサイト「ロゼッタストーン」のブログをお楽しみ下さい。詳細はタイトルまたは、画像をクリックしてご覧ください。

behanceオブスクラ写真倶楽部ディー・アンド・エルリサーチ株式会社facebook-www.dandl.co.jp