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夢の一枚|俺たちと狐の糞

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 夢に登場したところは、たぶん熊本県南阿蘇村。旧久木野村の、外輪山に近い丘陵地帯だった。

 道の右手に、杉の木立が小さな森をつくっている。その入り口で、中学三年生の同級生五人が焚き火を囲んでいた。男の子が三人、女の子が二人。男の子は帽子をかぶった学ラン姿で、女の子はセーラー服だった。

 道の左手には、大きな母屋と納屋、蔵が並ぶ。屋敷を囲む古いコンクリート塀には、昭和の面影が残っていた。

 実際の地形とは、どこか違う。けれど、夢の中では、その屋敷も森も、ずっと昔からそこにあったように馴染んでいる。

 坂道には、軽トラックが残した二本の轍が続いていた。その間には草がぼうぼうと生え、道は左へ、右へと緩やかに曲がりながら、田園へと下っていく。

 向こうには、阿蘇五岳。

 山々を包み込むように田園が放射状に広がり、黄金色に輝いていた。空はどこまでも青く、小さな白い雲がいくつも浮かんでいる。

 焚き火のそばに差しかかると、一人の女の子が声をかけてきた。

「こんにちは。取材をされているんですか? どこから来たの?」

「ええ、熊本市内から来ました。焚き火で火事にならんように、気をつけてね!」

「はい。今、お芋さんを焼いてるんですよ。」

 話していると、一番背の高い男の子が近寄ってきて、私のカメラを興味深そうに覗き込んだ。

「せっかくだから、みんなの写真を撮ろうか?」

「はーい!」

 五人の声が、一斉に返ってきた。

 焚き火を中心に、左から男の子、女の子。その右に背の高い男の子、女の子、そしてもう一人の男の子に立ってもらう。背後には、古い塀とこんもり茂った杉の森。枝葉の隙間から射す木漏れ日が、森の暗がりをところどころ照らしていた。

 芋を焼く火から、白い煙がくねくねと立ち上っている。

 いい眺めだ。だが、何か一つ、足りない。

 足元を見回すと、背の高い男の子が、細長い枝で小さなものをつついていた。

「あ、狐の糞だ!」

 右端の男の子が指を差し、笑いだした。

 それだった。

「じゃあ、背の高いボク。その狐の糞を枝の先に刺して、右手で高く掲げてみて。空を突くように!」

 男の子が枝を持ち上げる。その先には、狐の糞。

 ほかの四人が指を差して、笑い転げた。

 構図が決まった。

 カメラを九十度傾け、縦に構える。遠景には阿蘇五岳。その麓へと、草の生えた二本の轍が曲がりながら続いている。画面の下には焚き火と五人。白い煙が立ち上り、そのそばで、狐の糞を刺した枝が青空へ伸びている。

 澄ました顔など、一つもない。

「レンズを見なくていいから、その狐の糞を指差して!」

 五人の笑いが、また弾けた。肩が揺れ、指先が動く。誰もじっとしていられない。

 その瞬間、シャッターを切った。

 パシャリ。

▼夢の一枚|俺たちと狐の糞
(レンズが15mmになっていないが仕方ない)
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 カメラはNikon D850。レンズは超広角のTamron 15–30mm F2.8。焦点距離を15mmに合わせ、阿蘇の風景と五人の笑いを、一枚に収めた。

 液晶画面を覗くと、思った以上に鮮やかだった。

 青い空。黄金色の田園。森の陰影。焚き火の白い煙。そして、空高く掲げられた狐の糞を指差して笑う、中学三年生の五人。

 彼らの今を残す記念写真として、これ以上の一枚があるだろうか。

 私は、一冊だけ持参していた自著『痛い時代の黄金鍵|ITAI実践バイブル』を、記念に手渡した。写真も後日送れるよう、背の高い男の子に住所を尋ねた。

 道沿いの屋敷が、彼の家だった。

 住所を教えることと写真を送ることについて、お父さんかお母さんに確認してもらうと、快く了承してくださった。

 写真の題は、「俺たちと狐の糞」。

 夢の中で撮った一枚だが、私には、どうにも力作と思えてならない。

 あの青空も、白い煙も、五人の笑い声も、目を覚ました今なお、はっきりと残っている。肝心の写真だけが、手元にない。

 だから、こうして言葉にしている。

 この文章を人工知能に読ませたら、あの構図をどこまで再現できるだろう。阿蘇五岳を背に、狐の糞を掲げて笑う五人。これから試してみたい。

 仮眠から覚め、忘れないうちにとキーボードを打った。三時間ほどしか眠っていないのに、今朝の寝覚めは、なんとも気持ちがいい。

 そろそろ顔を洗い、歯を磨き、シャワーを浴びよう。

 夢の中の五人は、まだ笑っている。

 せっかくなので、以下、ドローン撮影に切り替えたものを生成し、掲載することに。

▼ドローン撮影したもの
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▼夢の中でプレゼントした書籍
https://link.amazon/B0aV8QEnYLink Link
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▼西田親生の書籍集
https://link.amazon/B09Szx6a6Link Link
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文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/10/7 12:00 am

理解力を磨け|人生の景色が変わる

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 同じ文章を読んでも、そこから何を受け取るかは、人によって異なる。読み終えた途端に忘れてしまう人もいれば、一つの言葉を自分の経験と結びつけ、仕事や暮らしに生かす人もいる。

 この違いは、どこから生まれるのだろうか。

 筆者は日々、記事を書き、受講生が参加する非公開のFacebookグループに、そのURLを投稿している。それが、一日のルーチンワークの一つとなっている。

 本業が忙しくても、隙間時間を見つけて読み、感想や意見を毎日寄せてくれる人がいる。中には、筆者が思いもしなかった視点から問いを投げかけてくれる人もいる。そうしたやり取りは、書き手にとっても新たな気づきとなる。

 一方で、読んだ内容をうまく整理できず、漠然とした感想で終わってしまう人もいる。

 ただし、感想の長さだけで理解の深さを測ることはできない。二、三行でも核心を捉えた言葉はある。大切なのは、文章の要点をつかみ、自分の言葉で説明できるかどうかである。

 「何が書かれていたか」から、もう一歩進んで、「なぜそう言えるのか」「自分の経験とどこでつながるのか」を考える。そのひと手間が、読むことを、考えることへと変えていく。

 こうした積み重ねによる差は、一日では見えにくい。しかし、数年、十数年と続けば、判断や行動の違いとして現れてくる。仕事を的確に進める人の背景には、情報を受け取るだけでなく、整理し、必要な場面で使う習慣があるのだろう。

 別に、速読を勧めたいわけではない。

 じっくり読み、分からないところで立ち止まり、自分に理解できる言葉へと噛み砕く。そして、要点をまとめ、すでに知っていることと結びつけてみる。

 知識は、ただ蓄えるだけでは使いこなせない。点と点をつなぎ、自分の判断や行動に生かしてこそ、知恵となる。

 たとえば、記事の中で気になった一文を、最近の仕事上の出来事と照らし合わせる。「あのとき、相手はこう考えていたのかもしれない」と気づけば、次の接し方が変わる。読んだ言葉が、自分の日常を動かし始めるのである。

 読んでも身につかないと感じるなら、読む量を増やす前に、読み方を少し変えてみてほしい。

 読み終えた後に、「この記事で最も伝えたいことは何か」を一文で書く。次に、納得した点や疑問に思った点を、自分の言葉で残す。最後に、仕事や暮らしで生かせることを一つ考える。

 うまく書けなくても構わない。何が分かり、何が分からなかったのか。それを確かめること自体が、理解を深める一歩となる。

 筆者も、もともとは読書好きではなかった。ところが、自分で文章を書き綴るようになってから、他者の文章の読み方が変わってきた。

 言葉の選び方や論の運びに目が向き、「この先、何を伝えようとしているのだろう」と考えながら読むようになったのである。書くことが読むことを深め、読むことが、また書くことを支えてくれた。

 始めるのに、遅すぎると決めつける必要はない。これまでの習慣に差があっても、今日の読み方は、今日から変えられる。

 一日十分でもよい。通勤の途中や、仕事の合間、眠る前のひとときに、文字に触れてみる。そして、心に残った一文について、少しだけ考えてみる。

 理解が深まれば、これまで見過ごしていた言葉の意味や、人の思いに気づくことがある。出来事の見え方が変わり、自分が選べる行動も増えていく。

 人生の景色が変わるとは、そういうことではないだろうか。

 まずは今日、一つの記事を読み、心に残ったことを自分の言葉で書いてみてほしい。

 読み終えたところから、理解を磨く時間が始まるのである。

※映像は、記事を読んだChatGPTが生成したもの

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▼ChatGPTによる感想

 この記事を読んで、理解力とは、読んだ言葉を自分の経験と結びつけ、次の判断や行動へと育てていく力なのだと感じた。読み終えた瞬間の納得を、その後の暮らしにどう生かすか。そこまで考えることで、読むという日常的な行為に、確かな意味が生まれてくる。

 特に心に残ったのは、感想の長さだけで理解の深さを測ることはできない、という指摘である。短い言葉でも、要点を捉え、自分の経験を踏まえて書かれていれば、読み手の思考が伝わる。感想を書く際にも、何に心が動き、なぜそう感じたのかを確かめることが大切なのだと思う。

 仕事上の出来事と記事の一文を照らし合わせる例も、理解が行動へつながる過程を実感させる。相手の言葉や態度について別の可能性に気づけば、次にかける言葉が変わる。その小さな変化が、人間関係や仕事の進め方にも影響していく。「人生の景色が変わる」という題名が、こうした身近な場面を通じて腑に落ちた。

 筆者自身が、文章を書くことで読み方を深めてきたという経験には、説得力がある。自分の言葉で表そうとすると、理解が曖昧な箇所に気づく。その気づきが、もう一度読み、考えるきっかけになる。読むことと書くことが互いを支えるという話は、日々感想を寄せる習慣の意味にもつながっている。

 そして、「今日の読み方は、今日から変えられる」という言葉が、実践への入口を開いてくれる。一日十分、一文の要約、一つの問い。始められることが具体的だからこそ、読後に行動してみようと思える。

 結びの「読み終えたところから、理解を磨く時間が始まるのである」は、この記事全体を貫く言葉だと感じた。読了を区切りにしていた自分の習慣を振り返り、心に残った言葉を、もう少し長く自分の中で考えてみたくなる記事である。
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文責:西田親生


                 

  • posted by Chikao Nishida at 2026/10/6 12:00 am

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