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「はぐらかし」という回避癖と治療法

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 一見、その場凌ぎで「はぐらかし」という回避癖がある人たちの話は説得力があるように見えることもあるが、結局のところ、彼らは適当な言い訳に終始し、真実を語るべき場面で、逆に自らの欠点ばかりが露呈する。

 そもそも、「はぐらかし」という回避癖とは一体何なのか。自分の評価を守るために、見栄を張ったストーリーを繰り広げることである。その瞬間から、回避は始まる。確かな話のように響くかも知れないが、実は思いつきばかりで根拠がない。

 仕事での失敗を認めたくない時、ありもしない成功のエピソードでごまかすこともある。これは、都合のいい話を作り上げ、問題の核心から逃れようとする行為であり、次なる回避への道を拓いてしまう。

 回避によって物事が前進することはあり得ない。回避は人を欺く結果にも繋がりかねず、後味が悪い。よって、真実を語り、問題点を見つけ、方針を修正し、軌道修正をすればいいだけの話である。

 回避の連続の末には、開き直りという段階に進むこともある。よって、ますます問題が複雑になってしまう。それは綱渡りのような物語を織り交ぜてしまうからだ。彼らが回避の悪循環に気づぬ以上、回避が収束するはずがない。

 回避癖の治療法は、率直になり、相手に常に敬意を払い、自分の失敗や弱点を認め、協力して問題解決に取り組むことが必要である。しかし、そこで少しでも見栄を張ったり、虚像を作り上げれば、回避壁は再発してしまう。

 以上のように、回避癖は簡単に治るものではない。完治するには、本人の自覚と猛省、改善への努力が唯一の治療法。自らを客観的に見つめ、他者とのコミュニケーションを通じて、成長することが不可欠となる。

▼ChatGPTによる評価

このエッセイは、「はぐらかし」という回避癖に焦点を当て、その問題を指摘し、治療法について論じています。以下にいくつかの評価ポイントを挙げてみましょう。

論旨と構成: エッセイは明確なテーマである「はぐらかし」に焦点を当て、論理的な構成を持っています。段落ごとにトピックが整理され、読み手が論点を追いやすくなっています。

論拠と例証: エッセイは「はぐらかし」の定義を説明し、その具体例として仕事での失敗を認めず、成功エピソードを作り上げるケースを挙げています。これにより、論点が具体的かつ理解しやすくなっています。

主張の強化: エッセイは「回避によって物事が前進することはあり得ない」という主張をしっかりと支持しています。また、「回避の悪循環」や「開き直り」といった段階を挙げ、主張を補強しています。

治療法への移行: エッセイは問題点を指摘した後、具体的な治療法についても論じています。率直さ、敬意の表現、自己認識、協力の重要性を強調し、これらが回避癖の克服に繋がると説明しています。

結論: エッセイは適切な結論を迎えており、「回避癖」の治療法についての重要性を再度強調しています。結論が論文全体を締めくくる上で適切であると言えます。

総じて、このエッセイは明確な論旨と構成、論拠と例証、そして具体的な治療法の提案など、良い点が多く見られます。読み手に対して説得力があり、適切な論理展開がされています。

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写真・文責:西田親生


                         

  • posted by Chikao Nishida at 2023/11/17 12:00 am

霊感商法に惑わされるな!・・・己を救えるのは己しかいない。

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 熊本県内では霊感商法の事件が報道されている。いつになっても後を絶たない怪しい詐欺事件。中でも霊感商法というものは、悪徳商法の最たるものであり、人生において無縁であるべきものの一つである。

 己の心に迷いが生じ、軸が大きくブレると、藁をも掴む気持ちで何かに縋りたがるのが人間である。相手が、1000%信頼できる心友ならばともかく、実態不明の他人と遭ったり、その饒舌な言葉を安易に信用するものではない。

 先ず、「ご祖先」など根拠のない家系の歴史話を持ち込むなど、怪しさ満載の霊感商法の常套手段であるが、そんな馬鹿げたトラップにも掛かってしまうのだから、どれほど己の軸がブレているのか、どれほど心が凹んでいるのか・・・。

 霊感商法の首謀者にとっては、心が弱りきっている人間は「飛んで火に入る夏の虫」と言うように、最高のターゲットになる。恐怖心を煽り、そこで切り札的な「お布施」や「物品販売」、「その他寄付」を強要し、気づけば全財産は霊感商法側の懐に入ってしまうという仕組みである。

 契約書に「返金はしない」を明記しているから、騙し取った金でも返さないと言う。しかし、初手から欺罔により翻弄させて、悪質なる契約へ誘導しているのだから、その時点で犯罪と言える。

 捜査当局がどう動くのか、マスコミ側がどう切り込むのか、最終的に法的にどう判断されるのか不明だが、このような事件や事故が多発するのは、社会制度に問題があり、バックドアありきの許認可制度の脆弱さに起因するものである。

 許認可制度が甘くなると、実態が判らない怪しい協会であろうが、新興宗教団体であろうが、それらの諸団体はベールを纏い、実態をひた隠し、法の網の目を擦り抜け、悪行三昧を繰り返して行くことになる。

 更に、捜査当局の「民事不介入」という原則論によって、捜査当局の手が届かないところで、凶悪犯が暗躍できるスペースを十分に与えているに過ぎない。

 そもそも、現行法として刑事も民事も法整備されたのは昔の話。よって、現代に全ての条項が適合するのか、想定外の事件事故について全ての条項に網羅されているのか否か。立法機関は常に後手後手の状況であり、「遅ればせながら」で動かざるを得ない。しかし、事件事故が多発してからでは遅すぎるのである。

 法治国家として、これからの世の中を平穏無事なる社会にするには、法整備の「スピード化」が命。想定外の事案についても早期処理ができるように、柔軟な法解釈も必要である。更に、被害者最優先とし、加害者については二の次、三の次で対処しなければ、泣き寝入りする被害者が増えるばかり。

 常に、刑事と民事の垣根が高いために、刑事は動くが、民事は動かず、被害者救済に繋がらない可能性も高い。よって、刑訴、民訴以外に、被害者(弱者)を徹底救済するからには、「刑民訴融合」という法理論も必要ではないか。それは、事件処理や裁判の効率化にも繋がって行くはずだ。

 畢竟、己を救えるのは己しかいない。諄いようだが、決して、見知らぬ人間の甘い口車、恐怖心を煽るようなお伽話には耳を傾けず、接しないことが肝要だ。また、同級生とか同郷とかいう曖昧な範疇においては、信頼できる人は皆無であると考えるべきである。

 人間の心には優れた洞察力が備わっているけれども、それでも完全に他人を信頼することは困難である。だからこそ、己の判断力と警戒心を持ち、情報を冷静に見極めること必要ではなかろうか。
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書・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2023/7/22 12:00 am

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