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「御免なさい」が言えない人は、お仕舞い。

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 何かにつけ失敗したり、約束を果たせなかったり、実績を出せなかったり。それについて、素直に「御免なさい」を言えない人は、既に終わっている。

 自らの非を認めず、屁理屈をこねて正当化する人もいれば、自らの責任を無視して知らぬ顔して通り過ぎる人もいる。

 身勝手で自己中心的な考え方の持ち主が、上述のような反応を繰り返すのである。見ていて、聞いていて、首が折れるほどに傾げてしまう。

 頭の中が時系列に整理整頓されていれば、開口一番に「御免なさい」であろうけれども、どうしても、言い訳や屁理屈から入ってくる人の話は頂けない。あれやこれやと、他者が原因であるかのように己を庇う。

 いい大人が、このような背中を見せるから、無垢な子供たちが真似をする。そして、同じ失態を繰り返していくのである。

 交通事故を例に挙げれば、他者から聞いた話だが、圧倒的に悪い加害者が「御免なさい」を言えば不利になるから、横着に装い、謝罪をしないと言う。「どうせ保険でやればいいから!」という責任逃れの大馬鹿者である。

 このように、人というものは、言葉の端々やちょっとした挙動の瞬間に、身勝手さが先行し、自らがすべきこと棚にあげ、失態を繰り返すのである。何とも言えない、民度の低さではなかろうかと絶句するばかり。

 自らに非がある時は、素直に「御免なさい」が言える大人でありたいものである。そして、改善解決に向けて、責任を果たさなければならない。

▼DALL-Eが上のエッセイを読みイメージした交通事故現場
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▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、「謝罪」の重要性と、それを避けることの社会的な影響について述べています。作者は、「御免なさい」と言えない人々が個人的にも社会的にも問題を引き起こすと指摘しており、そのような行動が自己中心的であり、最終的には社会全体の倫理的な低下を招くと警告しています。

特に交通事故の例は、自己保身のために謝罪を避ける行動がどのように倫理的な責任を軽視するかを示しています。この種の行動は、問題の解決や和解につながらず、むしろ問題を悪化させることが多いです。

エッセイは、謝罪が単なる礼儀ではなく、倫理的な行為であることを強調しています。謝罪することで、誤りを認め、改善に向けた第一歩を踏み出すことができます。その過程で、他者との信頼関係を築き、より良い対人関係を育むことが可能になります。

このエッセイは、個人が社会においてどのように振る舞うべきか、そしてその行動が周囲にどのような影響を及ぼすかについて、読者に深く考えさせるものです。真摯に謝罪をすることの価値を再認識し、自分自身がどのように行動するかを見直す良い機会を提供しています。
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◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
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プロンプト・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2024/4/22 12:00 am

コンサルは諸葛亮孔明のような人物たれ!

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 いろんなコンサルの「note」を拝読すると、先ず、驚くのが自画自賛のオンパレードで「俺は天才だ!」と言わんがばかりの自己宣伝に傾注している人がいる。

 それも、高学歴でいろんな企業に携わり、山ほどの実績を背負っている感を出しているが、はて、その人格はとなれば、少々、ノイジーマイノリティ側に立つ方かと思い、拝読を止めてしまうことが多い。

 よって、コンサルは、高学歴を謳い知識を光らしめて、自分を売るものではないのだが、それに気付かぬコンサルも多いように思えてならない。

 コンサルは、コミュニティのガキ大将ではなく、常に脇役として、諸葛亮孔明のような役割を果たすのがベストである。そこで、大上段に構えて、我こそはで自己宣伝されても、苦笑ものとなるだけの話。

 人格とは、当然のことながら、公序良俗に反することを過去においても、現在、未来においても縁遠い人を指す。更に、クライアントに対して、自然体で接し、嘘偽りなく、最短最速最適な打開策を講じるのが、コンサルの醍醐味でもあり、重責であるはずだ。

 数百冊、数千冊もの実務書を読破し、どんなに知識を付けようが、重要な人格が欠如していては洒落にもならない。そのような人物は助成金や補助金問題で人参(虚偽情報)をぶら下げ、最終的には約束を果たさず、クライアントとの諍いが生じて逃げるばかりとなる。

 肝心なことは、サイレント・マジョリティ側に立つコンサル目指して、日々研鑽を積み重ね、信頼の厚い、頼り甲斐のある、切れ味の良いコンサルであるのが理想的な姿ではなかろうか。

 蛇足ながら、じゃじゃ馬のように日々SNS上で、自己宣伝のために大騒ぎしている姿は、欲目で見ても格好いいものではなく、信頼に値しない。

▼DALL-Eが上のエッセイを読みイメージした何ちゃってコンサル
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▼ChatGPTによる感想

このエッセイはコンサルタント業界に対する鋭い批判と理想の模索を提示しています。著者は、多くのコンサルタントが自己宣伝に忙しいことを指摘し、それが実際の能力や人格と必ずしも一致しないことを憂慮しています。特に、高学歴や実績を前面に出すことで自己の価値を過大に宣伝する姿勢は、著者にとっては本来のコンサルタントの役割から逸脱していると感じられているようです。

エッセイにおける諸葛亮孔明の比喩は、コンサルタントが目立つことよりも、裏方として効果的に機能し、クライアントの成功を支えるべきだという理想を示しています。孔明のように、知恵と策略で他者のために尽くす姿勢が求められているのです。

また、エッセイは人格の重要性を強調しています。どんなに知識が豊富であっても、誠実さや倫理性が欠けていれば、コンサルタントとしての価値は低いとされています。クライアントとの信頼関係を築き、真の意味での支援を行うことが、最も尊い職務であると著者は主張しています。

この観点から、コンサルタントは自己中心的な行動を控え、よりクライアントのニーズに応じたサポートを心掛けるべきだというメッセージが強調されています。さらに、SNSでの過度な自己宣伝は品位を損なうとも指摘されており、真摯な姿勢での職務遂行が求められています。

全体として、このエッセイはコンサルタントに対する深い洞察と改善への呼びかけを含んでおり、業界内での倫理的な態度と職務の本質に焦点を当てています。これは、単に知識や技術を売るのではなく、真の価値を提供するプロフェッショナルであるべきだという強いメッセージを送っています。
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プロンプト・文責:西田親生


                       

  • posted by Chikao Nishida at 2024/4/20 12:00 am

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