天草黒牛の歴史
天草黒牛の歴史
天草黒牛の成り立ち
天草黒牛の成り立ち

古くから役牛(農耕用)としてかわれていました。

長崎や鹿児島と近く、昔から交流が盛んで、黒牛が多くいました。

※特に下島北部は文化、経済面でも長崎の影響が強く、下島南部は鹿児島の影響を受けたことが考えられています。

役牛から肉用牛へ

↓

天草の在来牛に、海外から輸入された牛が交配されて改良されてきました。

天草黒牛の成り立ち

その後、大正2年に鳥取県産の大型の牛を導入して交配し、大型化を図ってきました。

昭和6年に、兵庫県の但馬牛を導入して、資質の改良(肉質)が行われました。

↓

天草但馬牛の誕生

※但馬牛は、神戸牛など全国を代表する銘柄牛の基礎となっています。

セリ市日程熊本県下の家畜市場天草黒牛ブランド推進協議会サイトマップ・リンク
ページトップ
天草黒牛